中東のニュースを読むための地図:3話

第9章 現在の中東

20世紀に作られた国家の枠組みは、その後の戦争、革命、石油、外国との関係によって、それぞれ異なる形へ変化していった。現在の中東では、サウジアラビア、イラン、イスラエルが大きな位置を占めている。それぞれがそこへ至った歴史は異なる。

その周囲では、イラクやシリアのように複数の力が交差する国家があり、国家の外で独自の政治力や軍事力を持つ勢力も活動している。

第1節 サウジアラビア

第一次世界大戦後、オスマン帝国の支配が消えたアラビア半島では、各地の勢力が地域の支配を争った。現在も王家として続くサウード家が勢力を広げ、1932年に現在のサウジアラビア王国が成立した。

サウジアラビアは、アラブ文化圏に属し、スンニ派を中心とする王政国家である。国内にはメッカとメディナがあり、イスラム世界の二つの聖地を抱えている。さらに20世紀に大規模な石油開発が進むと、石油収入を使って国家を整備し、軍事や外交にも大きな力を持つようになった。

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石油は、サウジアラビアとアメリカを結びつける大きな要素にもなった。サウジアラビアは世界市場へ石油を供給し、アメリカとの安全保障関係を深めていった。一方、地域では1979年のイラン革命以降、シーア派を中心とする革命体制となったイランが周辺への影響力を広げ、サウジアラビアとイランは湾岸地域や周辺国への影響をめぐって競争するようになった。

近年は、イランとの競争を続けながら、両国が関係を調整する動きも進んだ。2026年にイランとアメリカ、イスラエルの軍事的な対立が湾岸地域へ広がると、石油輸送と自国の安全保障を安定させることが、サウジアラビアにとって改めて大きな課題となった。

サウジアラビアの位置は、アラブ文化圏、スンニ派、王政、二つの聖地、石油という要素が重なって作られている。宗教上の中心地、石油輸出国、アメリカと長く関係を持つ王政国家という複数の位置を持ちながら、中東の大きな勢力の一つとなっている。

第2節 イラン

イランは、アラブ世界とは異なるペルシャ文化圏を基盤とし、シーア派が多数を占める国家である。16世紀のサファヴィー朝以来、ペルシャ文化圏とシーア派の結びつきが国家の大きな特徴となってきた。

20世紀には王政のもとで近代化が進み、石油を通じてイギリスやアメリカとの関係も深まった。その体制は1979年のイラン革命によって大きく変わった。革命後にはイスラム共和国が成立し、宗教指導者を頂点とする政治体制と革命防衛隊が国家の中心に組み込まれた。

革命後のイランは、周辺地域のシーア派共同体やイスラムを掲げる政治運動との関係を広げていった。レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵、イエメンのフーシ派などとの関係は、その代表的な例である。それぞれの組織には独自の政治基盤や目的がある。その一方で、イランからの資金、武器、訓練などの支援によって、イランは自国の国境を越えて地域の安全保障に影響を与える手段を持つようになった。この関係は、イスラエルやアメリカ、湾岸のアラブ諸国との対立とも結びついていった。

さらに、現在のイランをめぐる大きな問題として核開発がある。イランは原子力の平和利用を自国の権利として進めてきた一方、ウラン濃縮を拡大し、高い濃縮度のウランを蓄積するようになった。そのため、アメリカやイスラエルなどは、イランが核兵器を持つ能力へ近づく可能性を強く警戒してきた。国際社会との交渉によって核開発を制限する合意も作られたが、その後制限は崩れ、イランの核開発は再び大きな争点となった。

2024年には、イランとイスラエルが互いの領土への直接攻撃を行った。それまで周辺の武装勢力やシリアなどを介して表れることが多かった両国の対立に、国家同士の直接攻撃が加わった。2025年にはイスラエルがイランの核施設や軍事施設を攻撃し、その後アメリカもイランの核施設を直接攻撃した。

2026年2月には、アメリカとイスラエルがイランへの大規模な軍事攻撃を始めた。その攻撃の中で最高指導者が死亡し、その後、前最高指導者の息子が新しい最高指導者に選ばれた。

革命体制の頂点では大きな交代が起きたが、イスラム共和国と革命防衛隊を中心とする国家体制は、2026年8月時点では維持されている。

イランもイスラエルや湾岸地域のアメリカ軍拠点などへの攻撃で応じ、戦闘は湾岸地域全体へ広がった。ホルムズ海峡を通る船舶や石油輸送も大きな影響を受け、中東の安全保障と世界のエネルギー供給が再び直接結びついた。その後、アメリカとイランの間では戦闘を止めるための合意が作られたが、その枠組みは安定せず、2026年8月現在もホルムズ海峡、経済制裁、軍事行動をめぐる交渉と緊張が続いている。

核開発をめぐって始まった対立は、イスラエルとアメリカによるイラン本土への攻撃、イランによる地域への反撃、石油輸送をめぐる問題へ広がった。現在のイランには、ペルシャ文化圏、シーア派、革命体制、革命防衛隊、周辺の非国家勢力とのネットワーク、核開発という要素が重なっている。

サウジアラビアが、アラブ文化圏、スンニ派、王政、石油、アメリカとの安全保障関係を基盤として地域に位置してきたのに対し、イランはペルシャ文化圏、シーア派、革命体制を基盤として独自の地域的な影響力を築いてきた。この違いが、湾岸地域だけでなく、イラク、レバノン、イエメン、イスラエルをめぐる対立にもつながっている。

第3節 イスラエル

古代のユダヤ人共同体は、パレスチナを中心とする地域に形成された。ローマ帝国の時代以降、ユダヤ人の離散は広がり、中東、ヨーロッパ、北アフリカなど各地に共同体が作られた。それぞれの地域で長く暮らしながら、宗教や伝統を通じてユダヤ人としてのまとまりが維持されていった。

19世紀末になると、ユダヤ人が自らの国家を持つことを目指すシオニズムが広がり、歴史的、宗教的に結びつきの深いパレスチナへの移住が進んだ。第二次世界大戦後の1948年にイスラエルが建国されると、周辺のアラブ諸国との戦争が続いた。この時期の大きな対立は、イスラエルとアラブ諸国という国家同士の形を取っていた。

1967年の第三次中東戦争では、イスラエルが周辺の広い地域を占領した。その後、エジプトやヨルダンはイスラエルとの和平へ進み、シナイ半島もエジプトへ返還された。国家同士の戦争が減っていく一方で、パレスチナをめぐる問題は残った。ヨルダン川西岸、東エルサレム、ガザ地区、難民、入植地、パレスチナ国家をめぐる問題が続き、イスラエルとパレスチナ人との対立が前面に出るようになった。

1990年代には、イスラエルとパレスチナ側の間で相互承認が進み、パレスチナ人による自治の枠組みが作られた。ヨルダン川西岸とガザ地区の一部では、パレスチナ側の自治機関が行政を担うようになった。その後、和平交渉は停滞し、パレスチナ側の政治も分裂した。ヨルダン川西岸ではパレスチナ自治政府が中心となり、ガザ地区ではハマスが実権を握る形が続くようになった。パレスチナをめぐる問題には、イスラエルとの関係だけでなく、パレスチナ側の政治的な分立も重なるようになった。

北側のレバノンでは、イラン革命後に形成されたヒズボラがイスラエルへの抵抗を掲げて成長した。イランがヒズボラなどへの支援を広げるにつれて、イスラエルにとってイランとの対立は、周辺の武装勢力を通じた安全保障の問題にもなっていった。

2023年10月、ハマスがイスラエル南部を大規模に攻撃した。イスラエルはガザ地区への大規模な軍事作戦を始め、戦闘は長期化した。2025年10月には停戦が成立し、その後はイスラエル軍の撤退、ハマスの武装解除、ガザ地区の統治をどのような形へ移すかが大きな争点となった。2026年に入ってもハマスは警察や行政組織を通じてガザ地区で影響力を維持し、新しい統治機構への移行と武装解除をめぐる交渉が続いている。停戦後も攻撃は続いており、2026年8月現在も安定した政治秩序が作られた状態には至っていない。

レバノンでは、2024年の大規模な戦闘を経てヒズボラが軍事的な打撃を受け、その後は停戦と武装解除が大きな争点となった。2026年にはイスラエルとヒズボラの戦闘が再び拡大した後、イスラエル軍の段階的な撤退と、レバノン軍による南部の統治、ヒズボラなど非国家勢力の武装解除を結びつける枠組みが作られた。ヒズボラは武装解除を受け入れておらず、2026年8月現在もイスラエル軍の駐留とヒズボラの武装をめぐる対立が続いている。

ハマスやヒズボラなど周辺の武装勢力との対立に加えて、2024年以降はイランとの国家間の直接攻撃も始まった。さらにアメリカもイランへの軍事行動に加わり、イスラエルの安全保障上の焦点は、周辺の武装勢力との戦闘から、イランを含む国家間の直接的な軍事対立へ広がった。

こうしてイスラエルをめぐる対立には、パレスチナ問題、ハマスやヒズボラなどの非国家勢力、イランとの国家間対立、アメリカとの安全保障関係が重なっている。

第4節 イラクとシリアという交差点

イラクとシリアは、中東を形作る複数の線が重なる場所となった。イラクでは、2003年のアメリカによる侵攻でサダム・フセイン政権が崩壊した。それまで政治の中心にいたスンニ派の旧支配層に代わり、シーア派の政治勢力が大きな力を持つようになった。北部ではクルド人の自治が強まり、国内ではシーア派民兵やスンニ派の武装勢力も活動した。そこへアメリカとイランの影響も重なった。

イラクでは、シーア派とスンニ派、アラブ人とクルド人、アメリカとイラン、国家と武装勢力という複数の関係が同じ国境の内側に存在するようになった。

隣接するシリアでは、2011年に反政府運動が広がり、その後内戦へ進んだ。シリアではスンニ派が人口の多数を占めていた。一方、アサド政権では、スンニ派とも、シーア派の主流とも異なる独自の教義を持つアラウィー派の人々が、軍や治安機関などで大きな位置を占めていた。

政権はイランと長く協力関係を築き、ロシアからも軍事・外交面で支援を受けてきた。一方、反政府勢力にはトルコや湾岸諸国などが関わった。北東部では、内戦とISとの戦いの中でクルド人勢力が独自の軍事組織と行政機構を作り、アメリカの支援を受けながら支配地域を広げた。イスラエルとの間にはゴラン高原をめぐる問題も残っていた。

さらに、イラクで成長したアルカイダ系の勢力はシリア内戦にも入り込み、その一部からIS、イスラム国が拡大した。ISはイラクとシリアの国境を越えて広い地域を支配し、20世紀に引かれた国境の内側で国家の統治が弱まった場所を利用して勢力を広げた。その後、各国や現地勢力による軍事作戦によってISの支配地域は縮小した。

シリアではさらに大きな変化が起きた。2024年末、反政府勢力が急速に攻勢を広げ、12月8日にアサド政権が崩壊した。その後、旧反政府勢力を中心とする新しい体制が作られ、国家の再編が進められた。

アサド政権の崩壊によって、長く続いてきたシリアとイランの強い関係は大きく後退した。イランにとってシリアは、レバノンのヒズボラへつながる重要な地域でもあり、政権崩壊によってイランがシリアを通じて地域へ影響を及ぼす力も弱まった。アサド政権を支えてきたロシアの影響も以前より小さくなり、反政府勢力との関係を持ってきたトルコの存在感が相対的に大きくなった。

一方、北東部ではクルド人勢力とそれを支援してきたアメリカの関与が残り、南西部ではイスラエルが自国の安全保障を理由に軍事的な関与を強めた。2026年には、新しい中央政府とクルド人勢力の間で統合の枠組みが作られ、北東部で独自の軍事力と行政を持ってきた勢力を、国家の軍や行政へ組み込む作業が進められている。

シリアでは、イランとロシアの影響が強かったアサド政権の時代から、トルコ、アメリカ、イスラエル、クルド人勢力、新しい中央政府の関係を組み替える段階へ移っている。

イラクとシリアでは、20世紀に作られた国境そのものは残りながら、その内側で宗派、民族、政権、武装勢力、外国との関係が何度も組み替えられてきた。この二つの国には、宗派、文化や民族、国家の国境に加えて、外国の介入と国家以外の政治主体が同じ場所に重なっている。

第5節 国家以外の政治主体

イラクやシリア、パレスチナ、レバノンでは、国家の外にありながら、独自の軍事力や政治的な影響力を持つ勢力が大きな役割を果たしている。その中には、一定の地域を実際に統治する力まで持つ勢力もある。大きく分けると、二つの形がある。

地域を統治する力も持つ勢力

ハマスは、パレスチナの政治勢力であると同時に武装組織を持ち、長くガザ地区の統治を担ってきた。2025年の停戦後も警察や行政組織を通じて一定の統治機能を維持しており、2026年現在は新しい統治機構への移行と武装解除をめぐる交渉の対象となっている。

ヒズボラは、レバノンで独自の軍事力を持ちながら、政党として政治に参加し、社会サービスも担ってきた。2024年以降の戦闘で軍事的な打撃を受け、現在はレバノン政府による国家の軍事力の一元化と武装解除をめぐる交渉の中に置かれている。独自の武装を維持するヒズボラと、それを国家の管理へ戻そうとするレバノン政府との関係が、現在の大きな争点となっている。

フーシ派は、イエメン北部の宗教共同体を基盤として成長した政治・武装勢力である。その共同体は、シーア派の中でもイランで多数を占める宗派とは異なる系統に属する。イエメン内戦の中で首都サヌアを含む広い地域を支配するようになり、その過程でイランとの関係も深まった。現在は行政や治安を担いながら、独自の軍事力を持つ勢力となっている。

シリア北東部のクルド人勢力は、内戦とISとの戦いの中で独自の軍事組織と行政機構を形成し、アメリカの支援を受けながら一定の地域を統治してきた。2026年には新しい中央政府との統合が進み、その位置は独立した統治主体から国家制度の一部へ移りつつある。

かつてイラクとシリアで勢力を広げたIS、イスラム国も、支配地域で税を集め、行政や治安を運営し、自らを国家として位置づけた。イラク北部のクルド人自治政府は、イラクという国家の枠内にありながら、独自の行政機構や治安組織を持つ自治地域として存在している。

成立の経緯や法的な位置はそれぞれ異なり、その位置も固定されていない。独自の統治地域を広げる勢力もあれば、国家の制度へ組み込まれていく勢力もある。

主として独自の軍事力を持つ勢力

中東には、領域の統治よりも軍事活動を中心とする武装組織や民兵も存在する。パレスチナではイスラム聖戦、イラクでは複数のシーア派民兵が活動している。シリア内戦ではさまざまな反政府武装勢力が生まれ、アルカイダにつながる組織も活動してきた。

こうした勢力と国家との関係も一様ではない。政府と戦う勢力もあれば、政府と協力する勢力、国家の制度の一部に組み込まれながら独自の武力を残す勢力もある。さらに、イランのように国外の武装勢力を支援する国家もあり、非国家勢力を通じて別の国家へ影響を及ぼす関係も作られている。

現在の中東では、国家、統治する力まで持つ非国家勢力、主として独自の軍事力を持つ武装勢力が同じ地域の政治と安全保障に関わっている。国家の国境だけを見ても、実際に誰が地域を支配し、誰が軍事力を持ち、どの国家と結びついているのかまでは分からない。宗派、文化圏、国境という三つの線の上で、こうした国家以外の政治主体も動いている。

おわりに

中東の歴史をたどると、現在の複雑さは、いくつもの線が重なった結果として見えてくる。

第一に、宗派がある。スンニ派とシーア派の違いは、イスラム共同体の指導者をめぐる問題から始まり、長い歴史の中で宗教的な意味を持つようになった。国家同士の競争や国内政治によって、その違いが強く政治化される時代も生まれた。

第二に、文化圏がある。中東では、アラブ文化圏とペルシャ文化圏が大きな位置を占め、その北側にはトルコ系の世界も広がっている。クルド人やユダヤ人の歴史を見ると、民族や文化の分布も現在の国家の国境だけでは整理できない。

第三に、国境がある。第一次世界大戦後、オスマン帝国の秩序が崩れ、イラク、シリア、ヨルダン、レバノンなど現在につながる国家の枠組みが作られた。その国境は、宗派、民族、文化圏の分布と一致していない。

こうして、宗派の線、文化や民族の線、国家の国境線が異なる場所を通る中東の地図ができた。

その地図の上では、石油を中心とする資源と、地域外の大国との関係が力関係を動かしてきた。さらに現在では、国家の外で活動する政治勢力や武装組織も大きな力を持っている。そのため中東の対立は、国家と国家、国家と非国家勢力、国家と結びついた非国家勢力と別の国家、非国家勢力同士という複数の形を取る。

その下には、今も三つの線がある。宗派、文化圏、国境である。同じ宗派だから、同じ政治的な立場になるとは限らない。同じ文化圏だから、国家の利益が一致するとも限らない。一つの国家の中に、異なる宗派、民族、政治勢力が存在する場合もある。

その上を、石油などの資源、地域外の大国との関係、国境を越えて活動する非国家勢力が動いている。

中東のニュースを見るとき、まず出来事の主体をこの地図の上に置く。どの宗派に属するのか。どの文化圏に位置するのか。どの国境の内側で起きているのか。国家なのか、地域を統治する非国家勢力なのか、主として軍事力を持つ武装組織なのか。そして、どの国家や大国と結びついているのか。

一つずつ分けていけば、複雑に見える中東の出来事も、どの線とどの線が交差しているのかが見えてくる。

中東のニュースを読むために必要なのは、すべての国名や組織名を覚えることではない。

出来事を置くための地図を持っていることである。

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