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  • 中東のニュースを読むための地図:3話

    第9章 現在の中東

    20世紀に作られた国家の枠組みは、その後の戦争、革命、石油、外国との関係によって、それぞれ異なる形へ変化していった。現在の中東では、サウジアラビア、イラン、イスラエルが大きな位置を占めている。それぞれがそこへ至った歴史は異なる。

    その周囲では、イラクやシリアのように複数の力が交差する国家があり、国家の外で独自の政治力や軍事力を持つ勢力も活動している。

    第1節 サウジアラビア

    第一次世界大戦後、オスマン帝国の支配が消えたアラビア半島では、各地の勢力が地域の支配を争った。現在も王家として続くサウード家が勢力を広げ、1932年に現在のサウジアラビア王国が成立した。

    サウジアラビアは、アラブ文化圏に属し、スンニ派を中心とする王政国家である。国内にはメッカとメディナがあり、イスラム世界の二つの聖地を抱えている。さらに20世紀に大規模な石油開発が進むと、石油収入を使って国家を整備し、軍事や外交にも大きな力を持つようになった。

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    石油は、サウジアラビアとアメリカを結びつける大きな要素にもなった。サウジアラビアは世界市場へ石油を供給し、アメリカとの安全保障関係を深めていった。一方、地域では1979年のイラン革命以降、シーア派を中心とする革命体制となったイランが周辺への影響力を広げ、サウジアラビアとイランは湾岸地域や周辺国への影響をめぐって競争するようになった。

    近年は、イランとの競争を続けながら、両国が関係を調整する動きも進んだ。2026年にイランとアメリカ、イスラエルの軍事的な対立が湾岸地域へ広がると、石油輸送と自国の安全保障を安定させることが、サウジアラビアにとって改めて大きな課題となった。

    サウジアラビアの位置は、アラブ文化圏、スンニ派、王政、二つの聖地、石油という要素が重なって作られている。宗教上の中心地、石油輸出国、アメリカと長く関係を持つ王政国家という複数の位置を持ちながら、中東の大きな勢力の一つとなっている。

    第2節 イラン

    イランは、アラブ世界とは異なるペルシャ文化圏を基盤とし、シーア派が多数を占める国家である。16世紀のサファヴィー朝以来、ペルシャ文化圏とシーア派の結びつきが国家の大きな特徴となってきた。

    20世紀には王政のもとで近代化が進み、石油を通じてイギリスやアメリカとの関係も深まった。その体制は1979年のイラン革命によって大きく変わった。革命後にはイスラム共和国が成立し、宗教指導者を頂点とする政治体制と革命防衛隊が国家の中心に組み込まれた。

    革命後のイランは、周辺地域のシーア派共同体やイスラムを掲げる政治運動との関係を広げていった。レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵、イエメンのフーシ派などとの関係は、その代表的な例である。それぞれの組織には独自の政治基盤や目的がある。その一方で、イランからの資金、武器、訓練などの支援によって、イランは自国の国境を越えて地域の安全保障に影響を与える手段を持つようになった。この関係は、イスラエルやアメリカ、湾岸のアラブ諸国との対立とも結びついていった。

    さらに、現在のイランをめぐる大きな問題として核開発がある。イランは原子力の平和利用を自国の権利として進めてきた一方、ウラン濃縮を拡大し、高い濃縮度のウランを蓄積するようになった。そのため、アメリカやイスラエルなどは、イランが核兵器を持つ能力へ近づく可能性を強く警戒してきた。国際社会との交渉によって核開発を制限する合意も作られたが、その後制限は崩れ、イランの核開発は再び大きな争点となった。

    2024年には、イランとイスラエルが互いの領土への直接攻撃を行った。それまで周辺の武装勢力やシリアなどを介して表れることが多かった両国の対立に、国家同士の直接攻撃が加わった。2025年にはイスラエルがイランの核施設や軍事施設を攻撃し、その後アメリカもイランの核施設を直接攻撃した。

    2026年2月には、アメリカとイスラエルがイランへの大規模な軍事攻撃を始めた。その攻撃の中で最高指導者が死亡し、その後、前最高指導者の息子が新しい最高指導者に選ばれた。

    革命体制の頂点では大きな交代が起きたが、イスラム共和国と革命防衛隊を中心とする国家体制は、2026年8月時点では維持されている。

    イランもイスラエルや湾岸地域のアメリカ軍拠点などへの攻撃で応じ、戦闘は湾岸地域全体へ広がった。ホルムズ海峡を通る船舶や石油輸送も大きな影響を受け、中東の安全保障と世界のエネルギー供給が再び直接結びついた。その後、アメリカとイランの間では戦闘を止めるための合意が作られたが、その枠組みは安定せず、2026年8月現在もホルムズ海峡、経済制裁、軍事行動をめぐる交渉と緊張が続いている。

    核開発をめぐって始まった対立は、イスラエルとアメリカによるイラン本土への攻撃、イランによる地域への反撃、石油輸送をめぐる問題へ広がった。現在のイランには、ペルシャ文化圏、シーア派、革命体制、革命防衛隊、周辺の非国家勢力とのネットワーク、核開発という要素が重なっている。

    サウジアラビアが、アラブ文化圏、スンニ派、王政、石油、アメリカとの安全保障関係を基盤として地域に位置してきたのに対し、イランはペルシャ文化圏、シーア派、革命体制を基盤として独自の地域的な影響力を築いてきた。この違いが、湾岸地域だけでなく、イラク、レバノン、イエメン、イスラエルをめぐる対立にもつながっている。

    第3節 イスラエル

    古代のユダヤ人共同体は、パレスチナを中心とする地域に形成された。ローマ帝国の時代以降、ユダヤ人の離散は広がり、中東、ヨーロッパ、北アフリカなど各地に共同体が作られた。それぞれの地域で長く暮らしながら、宗教や伝統を通じてユダヤ人としてのまとまりが維持されていった。

    19世紀末になると、ユダヤ人が自らの国家を持つことを目指すシオニズムが広がり、歴史的、宗教的に結びつきの深いパレスチナへの移住が進んだ。第二次世界大戦後の1948年にイスラエルが建国されると、周辺のアラブ諸国との戦争が続いた。この時期の大きな対立は、イスラエルとアラブ諸国という国家同士の形を取っていた。

    1967年の第三次中東戦争では、イスラエルが周辺の広い地域を占領した。その後、エジプトやヨルダンはイスラエルとの和平へ進み、シナイ半島もエジプトへ返還された。国家同士の戦争が減っていく一方で、パレスチナをめぐる問題は残った。ヨルダン川西岸、東エルサレム、ガザ地区、難民、入植地、パレスチナ国家をめぐる問題が続き、イスラエルとパレスチナ人との対立が前面に出るようになった。

    1990年代には、イスラエルとパレスチナ側の間で相互承認が進み、パレスチナ人による自治の枠組みが作られた。ヨルダン川西岸とガザ地区の一部では、パレスチナ側の自治機関が行政を担うようになった。その後、和平交渉は停滞し、パレスチナ側の政治も分裂した。ヨルダン川西岸ではパレスチナ自治政府が中心となり、ガザ地区ではハマスが実権を握る形が続くようになった。パレスチナをめぐる問題には、イスラエルとの関係だけでなく、パレスチナ側の政治的な分立も重なるようになった。

    北側のレバノンでは、イラン革命後に形成されたヒズボラがイスラエルへの抵抗を掲げて成長した。イランがヒズボラなどへの支援を広げるにつれて、イスラエルにとってイランとの対立は、周辺の武装勢力を通じた安全保障の問題にもなっていった。

    2023年10月、ハマスがイスラエル南部を大規模に攻撃した。イスラエルはガザ地区への大規模な軍事作戦を始め、戦闘は長期化した。2025年10月には停戦が成立し、その後はイスラエル軍の撤退、ハマスの武装解除、ガザ地区の統治をどのような形へ移すかが大きな争点となった。2026年に入ってもハマスは警察や行政組織を通じてガザ地区で影響力を維持し、新しい統治機構への移行と武装解除をめぐる交渉が続いている。停戦後も攻撃は続いており、2026年8月現在も安定した政治秩序が作られた状態には至っていない。

    レバノンでは、2024年の大規模な戦闘を経てヒズボラが軍事的な打撃を受け、その後は停戦と武装解除が大きな争点となった。2026年にはイスラエルとヒズボラの戦闘が再び拡大した後、イスラエル軍の段階的な撤退と、レバノン軍による南部の統治、ヒズボラなど非国家勢力の武装解除を結びつける枠組みが作られた。ヒズボラは武装解除を受け入れておらず、2026年8月現在もイスラエル軍の駐留とヒズボラの武装をめぐる対立が続いている。

    ハマスやヒズボラなど周辺の武装勢力との対立に加えて、2024年以降はイランとの国家間の直接攻撃も始まった。さらにアメリカもイランへの軍事行動に加わり、イスラエルの安全保障上の焦点は、周辺の武装勢力との戦闘から、イランを含む国家間の直接的な軍事対立へ広がった。

    こうしてイスラエルをめぐる対立には、パレスチナ問題、ハマスやヒズボラなどの非国家勢力、イランとの国家間対立、アメリカとの安全保障関係が重なっている。

    第4節 イラクとシリアという交差点

    イラクとシリアは、中東を形作る複数の線が重なる場所となった。イラクでは、2003年のアメリカによる侵攻でサダム・フセイン政権が崩壊した。それまで政治の中心にいたスンニ派の旧支配層に代わり、シーア派の政治勢力が大きな力を持つようになった。北部ではクルド人の自治が強まり、国内ではシーア派民兵やスンニ派の武装勢力も活動した。そこへアメリカとイランの影響も重なった。

    イラクでは、シーア派とスンニ派、アラブ人とクルド人、アメリカとイラン、国家と武装勢力という複数の関係が同じ国境の内側に存在するようになった。

    隣接するシリアでは、2011年に反政府運動が広がり、その後内戦へ進んだ。シリアではスンニ派が人口の多数を占めていた。一方、アサド政権では、スンニ派とも、シーア派の主流とも異なる独自の教義を持つアラウィー派の人々が、軍や治安機関などで大きな位置を占めていた。

    政権はイランと長く協力関係を築き、ロシアからも軍事・外交面で支援を受けてきた。一方、反政府勢力にはトルコや湾岸諸国などが関わった。北東部では、内戦とISとの戦いの中でクルド人勢力が独自の軍事組織と行政機構を作り、アメリカの支援を受けながら支配地域を広げた。イスラエルとの間にはゴラン高原をめぐる問題も残っていた。

    さらに、イラクで成長したアルカイダ系の勢力はシリア内戦にも入り込み、その一部からIS、イスラム国が拡大した。ISはイラクとシリアの国境を越えて広い地域を支配し、20世紀に引かれた国境の内側で国家の統治が弱まった場所を利用して勢力を広げた。その後、各国や現地勢力による軍事作戦によってISの支配地域は縮小した。

    シリアではさらに大きな変化が起きた。2024年末、反政府勢力が急速に攻勢を広げ、12月8日にアサド政権が崩壊した。その後、旧反政府勢力を中心とする新しい体制が作られ、国家の再編が進められた。

    アサド政権の崩壊によって、長く続いてきたシリアとイランの強い関係は大きく後退した。イランにとってシリアは、レバノンのヒズボラへつながる重要な地域でもあり、政権崩壊によってイランがシリアを通じて地域へ影響を及ぼす力も弱まった。アサド政権を支えてきたロシアの影響も以前より小さくなり、反政府勢力との関係を持ってきたトルコの存在感が相対的に大きくなった。

    一方、北東部ではクルド人勢力とそれを支援してきたアメリカの関与が残り、南西部ではイスラエルが自国の安全保障を理由に軍事的な関与を強めた。2026年には、新しい中央政府とクルド人勢力の間で統合の枠組みが作られ、北東部で独自の軍事力と行政を持ってきた勢力を、国家の軍や行政へ組み込む作業が進められている。

    シリアでは、イランとロシアの影響が強かったアサド政権の時代から、トルコ、アメリカ、イスラエル、クルド人勢力、新しい中央政府の関係を組み替える段階へ移っている。

    イラクとシリアでは、20世紀に作られた国境そのものは残りながら、その内側で宗派、民族、政権、武装勢力、外国との関係が何度も組み替えられてきた。この二つの国には、宗派、文化や民族、国家の国境に加えて、外国の介入と国家以外の政治主体が同じ場所に重なっている。

    第5節 国家以外の政治主体

    イラクやシリア、パレスチナ、レバノンでは、国家の外にありながら、独自の軍事力や政治的な影響力を持つ勢力が大きな役割を果たしている。その中には、一定の地域を実際に統治する力まで持つ勢力もある。大きく分けると、二つの形がある。

    地域を統治する力も持つ勢力

    ハマスは、パレスチナの政治勢力であると同時に武装組織を持ち、長くガザ地区の統治を担ってきた。2025年の停戦後も警察や行政組織を通じて一定の統治機能を維持しており、2026年現在は新しい統治機構への移行と武装解除をめぐる交渉の対象となっている。

    ヒズボラは、レバノンで独自の軍事力を持ちながら、政党として政治に参加し、社会サービスも担ってきた。2024年以降の戦闘で軍事的な打撃を受け、現在はレバノン政府による国家の軍事力の一元化と武装解除をめぐる交渉の中に置かれている。独自の武装を維持するヒズボラと、それを国家の管理へ戻そうとするレバノン政府との関係が、現在の大きな争点となっている。

    フーシ派は、イエメン北部の宗教共同体を基盤として成長した政治・武装勢力である。その共同体は、シーア派の中でもイランで多数を占める宗派とは異なる系統に属する。イエメン内戦の中で首都サヌアを含む広い地域を支配するようになり、その過程でイランとの関係も深まった。現在は行政や治安を担いながら、独自の軍事力を持つ勢力となっている。

    シリア北東部のクルド人勢力は、内戦とISとの戦いの中で独自の軍事組織と行政機構を形成し、アメリカの支援を受けながら一定の地域を統治してきた。2026年には新しい中央政府との統合が進み、その位置は独立した統治主体から国家制度の一部へ移りつつある。

    かつてイラクとシリアで勢力を広げたIS、イスラム国も、支配地域で税を集め、行政や治安を運営し、自らを国家として位置づけた。イラク北部のクルド人自治政府は、イラクという国家の枠内にありながら、独自の行政機構や治安組織を持つ自治地域として存在している。

    成立の経緯や法的な位置はそれぞれ異なり、その位置も固定されていない。独自の統治地域を広げる勢力もあれば、国家の制度へ組み込まれていく勢力もある。

    主として独自の軍事力を持つ勢力

    中東には、領域の統治よりも軍事活動を中心とする武装組織や民兵も存在する。パレスチナではイスラム聖戦、イラクでは複数のシーア派民兵が活動している。シリア内戦ではさまざまな反政府武装勢力が生まれ、アルカイダにつながる組織も活動してきた。

    こうした勢力と国家との関係も一様ではない。政府と戦う勢力もあれば、政府と協力する勢力、国家の制度の一部に組み込まれながら独自の武力を残す勢力もある。さらに、イランのように国外の武装勢力を支援する国家もあり、非国家勢力を通じて別の国家へ影響を及ぼす関係も作られている。

    現在の中東では、国家、統治する力まで持つ非国家勢力、主として独自の軍事力を持つ武装勢力が同じ地域の政治と安全保障に関わっている。国家の国境だけを見ても、実際に誰が地域を支配し、誰が軍事力を持ち、どの国家と結びついているのかまでは分からない。宗派、文化圏、国境という三つの線の上で、こうした国家以外の政治主体も動いている。

    おわりに

    中東の歴史をたどると、現在の複雑さは、いくつもの線が重なった結果として見えてくる。

    第一に、宗派がある。スンニ派とシーア派の違いは、イスラム共同体の指導者をめぐる問題から始まり、長い歴史の中で宗教的な意味を持つようになった。国家同士の競争や国内政治によって、その違いが強く政治化される時代も生まれた。

    第二に、文化圏がある。中東では、アラブ文化圏とペルシャ文化圏が大きな位置を占め、その北側にはトルコ系の世界も広がっている。クルド人やユダヤ人の歴史を見ると、民族や文化の分布も現在の国家の国境だけでは整理できない。

    第三に、国境がある。第一次世界大戦後、オスマン帝国の秩序が崩れ、イラク、シリア、ヨルダン、レバノンなど現在につながる国家の枠組みが作られた。その国境は、宗派、民族、文化圏の分布と一致していない。

    こうして、宗派の線、文化や民族の線、国家の国境線が異なる場所を通る中東の地図ができた。

    その地図の上では、石油を中心とする資源と、地域外の大国との関係が力関係を動かしてきた。さらに現在では、国家の外で活動する政治勢力や武装組織も大きな力を持っている。そのため中東の対立は、国家と国家、国家と非国家勢力、国家と結びついた非国家勢力と別の国家、非国家勢力同士という複数の形を取る。

    その下には、今も三つの線がある。宗派、文化圏、国境である。同じ宗派だから、同じ政治的な立場になるとは限らない。同じ文化圏だから、国家の利益が一致するとも限らない。一つの国家の中に、異なる宗派、民族、政治勢力が存在する場合もある。

    その上を、石油などの資源、地域外の大国との関係、国境を越えて活動する非国家勢力が動いている。

    中東のニュースを見るとき、まず出来事の主体をこの地図の上に置く。どの宗派に属するのか。どの文化圏に位置するのか。どの国境の内側で起きているのか。国家なのか、地域を統治する非国家勢力なのか、主として軍事力を持つ武装組織なのか。そして、どの国家や大国と結びついているのか。

    一つずつ分けていけば、複雑に見える中東の出来事も、どの線とどの線が交差しているのかが見えてくる。

    中東のニュースを読むために必要なのは、すべての国名や組織名を覚えることではない。

    出来事を置くための地図を持っていることである。

  • 現代資本主義の作動原理:3話

    織り込み済みの資本主義(注A)

    ― 想定された未来と、想定外の修正 ―

    はじめに

    経済ニュースを見ていると、「織り込み済み」(注1)という言葉がよく出てくる。

    よい材料が出ても、すでに織り込み済みだったために反応が小さい。将来の悪化を織り込んで、価格や投資判断が先に動く。まだ起きていないことが、すでに現在の判断に入っている。このような表現は、金融市場のニュースでよく使われる。

    ただ、この「織り込み」という言葉は、市場の値動きだけに収まるものではない。将来への見通しが、現在の価格に入る(注2)。将来への見通しが、企業の投資判断に入る。将来への見通しが、借入や家計の支出にも入る。

    このように見ると、「織り込み」は、第一話で見た成長の加速と、第二話で見た逆流を読み直すための言葉になる。

    第三話では、この「織り込み」を手がかりに、想定された未来が現在をどう動かし、想定外の出来事がどのように修正を迫るのかを見ていきたい。

    第一章 期待が、現在の判断に入るとき(注B)

    期待とは、将来をどう見るかである。織り込みとは、その期待が、現在の価格や投資や借入や支出の前提に入り込んだ状態である。

    将来の利益が伸びそうだ。将来の需要が増えそうだ。将来の所得が続きそうだ。金利や物価はこのくらいで動きそうだ。

    こうした見通しが、単なる予想として頭の中にあるだけなら、それは期待にとどまる。その見通しを前提にして価格がつき、企業が投資し、家計が支出し、借入が組まれるようになると、それは現在の判断に織り込まれた状態になる。

    価格には、将来への見通しが入る。

    企業の価値(注C)は、いま見えている利益に加えて、将来の利益や需要への見通しも含んでいる。将来の利益がどれくらい伸びるのか。将来の需要がどれくらい広がるのか。そうした見通しが、現在の価格に先に入り込んでいく。

    投資にも、将来への見通しが入る。

    工場を建てる。人を雇う。技術へ資金を投じる。こうした判断は、いま利益が出ているから行われるだけではない。将来も需要がある。売上が伸びる。投じた資金を回収できる(注3)。そうした見通しがあるから、企業は現在の資金を動かす。

    借入にも、織り込みは入っている(注4)

    企業が借入をするのは、将来の売上や利益によって返済できると見込むからである。家計が住宅ローンを組むのも、将来の所得がある程度続くと見込むからである。借入は、現在のお金を増やす手段であると同時に、将来の収入を現在の判断に入れる行為でもある。

    支出にも、将来への見通しは入る。

    家計は、いまの所得だけでなく、これからの所得、雇用、生活費、家族構成の見通しを含めて支出を決める。将来に安心感があれば(注D)支出は広がりやすくなり、将来への不安が強ければ支出は慎重になりやすい。

    本稿では「織り込み」という言葉を、金融市場の価格形成だけでなく、企業の投資判断、家計の支出判断、借入の判断にも広げて使う。そこに共通しているのは、まだ来ていない将来が、すでに現在のお金の動きに混ざっているという点である。

    第二章 織り込みで見える三つの状態

    織り込みという視点で見ると、経済には大きく三つの状態がある。

    加速が織り込まれている状態。低速が織り込まれている状態。そして、織り込まれていなかったことが突然入り込む状態である。

    良い将来が織り込まれると、現在は前へ動きやすくなる。将来の売上や利益が大きくなると見込まれれば、企業は投資しやすくなる。将来の所得が伸びると見込まれれば、家計は支出しやすくなる。将来の利益が強く見込まれれば、金融市場では資産価格も上がりやすくなる(注5)

    これが、第一話で見た成長の加速である。

    未来への期待が現在を動かし、その現在の動きがさらに未来への期待を支える。織り込みは、成長を先取りして現在を加速させる。

    一方で、弱い将来が織り込まれると、現在は慎重になりやすい。将来の売上が伸びにくいと見込まれれば、企業は投資に慎重になる。所得が増えにくいと見込まれれば、家計は支出を抑えやすくなる。将来の利益が弱く見込まれれば、資産価格も下がりやすくなる。

    これが、第二話で見た逆流である。

    弱い将来が現在の判断に織り込まれていくと、企業も家計も守りに入りやすくなる。その守りが重なると、投資や支出はさらに弱まり、低い回転が続きやすくなる。

    低い成長でも、それがすでに織り込まれているなら(注6)、社会はその速度に合わせて動く。投資は控えめになり、借入も慎重になり、価格もその見通しに合わせてつけられる。明るい状態とは言いにくいが、想定の範囲内であれば、社会はその低い速度で回ることができる。

    大きな揺れが起きるのは、織り込んでいた将来と、実際に見えてきた将来が大きくずれたときである。将来はこうなるはずだ、という前提が現在の価格や投資や借入に入っているほど、その前提が崩れたときの修正も大きくなる。

    第三章 織り込まれていなかったものが現れるとき

    織り込まれていなかったものが突然見えると、現在の判断は大きく揺れやすい。

    上がり続けると思われていた資産価格が下がる。返せると思われていた借入が返しにくくなる。安全だと思われていたものに、大きなリスクがあると分かる。こうした認識の変化が一気に起きると、価格も投資も借入も、同じ前提では見られなくなる。

    ここで起きているのは、織り込まれていた将来の書き換え(注E)である。

    それまで現在の判断を支えていた未来が、別の未来として見え直される。将来の利益、需要、信用への見方が変われば、その見通しを前提にしていた価格や投資や借入も見直される。

    織り込み直しとは、未来の見方が変わるだけでなく、その未来を先に入れて動いていた現在の判断が書き換わることである。

    その修正は、一か所で止まりにくい。価格が下がれば、資金調達や担保価値(注7)への見方も変わる(注F)。投資が慎重になれば、取引先の売上や雇用にも影響する。借入が重く見えれば、企業も家計も守りに入りやすくなる。

    織り込まれていなかった悪材料が現れると、経済はただ悪くなるだけでなく、前提そのものを組み替えながら失速していく。

    第四章 日本で見る三つの織り込み

    ここでは、日本経済を例にしながら、織り込みの状態を三つに分けて見ていく。

    実際の日本経済は、為替、海外景気、財政政策、金融政策、人口動態などが複雑に絡み合っている。ただ、この章では話を広げすぎず、「何が将来として織り込まれていたのか」という一点に絞って整理したい。

    加速が織り込まれていた状態として分かりやすいのは、高度成長期(注8)である。

    この時期には、将来の需要が増える、所得が伸びる、企業の売上も広がるという見通しが、社会全体に入り込んでいた。企業はその見通しのもとで設備を増やし、人を雇い、技術を取り入れていった。家計もまた、所得が伸びていく感覚の中で、耐久消費財や住宅、教育への支出を広げていった。

    ここで織り込まれていたのは、単なる楽観ではない。「来年も、数年後も、今より大きくなる」という感覚が、投資や雇用や支出の判断に先に入っていた。だから企業の投資は次の需要を生み、所得の伸びは家計の支出を支え、その支出がさらに企業の売上見通しを強めていった。

    加速が織り込まれるとは、将来の拡大が現在の行動を前へ押し出す状態である。

    次に見るべきなのは、ニクソンショック(注9)後から石油危機(注10)後にかけての時代である。

    固定相場の終わり、国際環境の変化、石油危機によるコスト構造の変化によって、高度成長期と同じ速度を前提にすることは難しくなった。ここでいったん、加速の前提は揺らいだ。

    しかし、この時期に起きたのは、低速への沈み込みだけではなかった。

    企業は省エネルギー化(注11)を進め、生産の効率を高め、技術更新や輸出競争力によって新しい条件へ適応していった。高度成長期のような一直線の加速は続きにくくなったが、制約を織り込んだうえで、別の形の成長が現在の判断に入り込んでいった。

    つまり、ニクソンショック後の低速は、失速のまま定着した低速とは性格が違う。

    速度は落ちた。だが、その低下を前提にしながら、企業は新しい投資や生産の形を組み直していった。ここでは、低速がそのまま社会を縛ったというより、低くなった速度の中で、もう一度加速の形が織り込み直された(注G)と見ることができる。

    もう一つの低速の例が、失われた30年(注12)である。

    ここでは、低成長、低インフレ(注13)、弱い賃金上昇が長く続いたことで、企業も家計も「大きく伸びる将来」を強く見込みにくくなった。企業は投資や賃上げに慎重になり、家計は支出に慎重になる。金融市場や政策判断にも、強い成長より、弱い回転を前提にした見方が入り込みやすくなった。

    この低速は、速度が落ちた後に新しい加速へ組み直された局面とは違う。

    低い速度そのものが長く続き(注H)、その速度が企業や家計の判断に深く入り込んでいった。将来の需要を強く見込めないから投資に慎重になる。所得の伸びを強く見込めないから支出に慎重になる。その慎重さが、さらに低い速度を固定していく。

    織り込まれていなかったことが突然入り込んだ状態としては、バブル崩壊(注14)が分かりやすい。

    土地や株の価格には、将来も価値が上がり続けるという見通しが入っていた。その前提で資産価格がつき、借入が行われ、投資や消費の判断も組み立てられていた。その見通しが崩れると、価格は下がり、担保価値は弱まり、借入の重さが前に出てくる。

    バブル崩壊で起きたのは、資産価格の下落だけではなかった。

    それまで現在の判断に入っていた将来の姿が、一気に書き換えられた。上がり続けるはずだった価格が下がる。返せると思われていた借入が重くなる。前向きに見えていた投資が、過剰な負担として見え始める。織り込まれていなかった現実が突然入り込むと、価格も投資も借入も、同時に見直されることになる。

    こうして見ると、日本経済の局面は、「良いか悪いか」だけでは整理しにくい。

    加速が織り込まれていたのか。低くなった速度の中で、もう一度加速が織り込み直されたのか。低速そのものが深く織り込まれていったのか。織り込まれていなかったことが突然入り込んだのか。

    このように分けると、同じ成長率や物価や投資の動きも、違った意味を持って見えてくる。

    第五章 低速を織り込んだ社会は、何が難しいのか

    低速が長く続くことと、低速で回る社会になっていることは分けて見たい。

    成長率が落ちる局面では、社会は新しい速度を探している。低い速度そのものが長く続くと、その速度が企業の投資判断や家計の支出判断に入り込んでいく。

    ここに、第四章で低速の例を二つ置いた意味がある。

    ニクソンショック後から石油危機後のように、加速の前提が揺らぎながらも、新しい条件の中で別の加速を織り込み直す局面がある。一方で、失われた30年のように、低い速度そのものが長く続き、企業や家計の判断に深く入り込んでいく局面もある。どちらも速度の低下を含んでいるが、社会への入り込み方は同じではない。

    低速で回る社会では、企業は大きな需要を見込みにくくなる。

    需要を見込みにくければ、投資に慎重になる。投資が弱ければ、賃金も伸びにくくなる。家計は所得の伸びを見込みにくくなり、支出に慎重になる。その慎重さがさらに低速を固定していく。

    低速が織り込まれた社会では、ただ「もっと成長すればよい」と言うだけでは足りない。

    企業が将来の需要を見込めること。家計が所得の伸びを見込めること。投資や賃上げが、無理な賭けではなく、次の循環につながる判断として見えること。そうした見通しが少しずつ現在の判断に入っていくことで、社会は低速を前提にした状態から、加速を織り込める状態へ移りやすくなる。

    問題は、成長率という数字だけではなく、その数字の背後にある将来への見通しにある。

    低速を織り込んだ社会から、加速を織り込める社会へ移れるのか。この問いを立てると、問題は「どの数字を上げるか」だけではなくなる。企業が需要を見込めるか。家計が所得の伸びを見込めるか。投資や賃上げが、次の循環につながる判断として見えるか。そこに目が向く。

    低速から抜けるとは、数字だけを押し上げることではなく、企業や家計が次の動きを見込める状態をつくることでもある。

    おわりに

    「織り込み済み」とは、ニュースの便利な言い回しにとどまらない。期待が、現在の価格や投資や借入や支出の前提に入り込む仕組みを表す言葉である。

    何がすでに織り込まれているのか。何がまだ織り込まれていないのか。いま何が織り込み直されているのか。

    この三つを見ることで、経済の数字は少し違って見えてくる。

    将来を先に入れるから、資本主義は速く進む。将来が書き換わるから、資本主義は速く揺れる。

    「織り込み済み」とは、その速さと揺れの背後に、どんな未来が入っているのかを読むための言葉である。


    注釈一覧

    (注1)

    織り込み済み 好材料や悪材料が、すでに価格や判断に反映されている状態を指す。株価や為替のニュースでは、材料が出ても価格の反応が小さいときに使われやすい。

    (注2)

    現在の価格に入る 株価は「半年先の景気を映す」と言われることがある。これは厳密な法則ではなく、株価が現在の実績だけでなく、先の業績、需要、金利、リスクへの見通しを先取りして動くことを表す言い方である。

    (注3)

    投じた資金を回収できる 企業の投資判断では、設備や人材に使った資金を、将来の売上や利益で回収できるかが重視される。需要の見通しが弱いと、現在の利益があっても投資は慎重になりやすい。

    (注4)

    借入にも、織り込みは入っている 借入は、将来の返済能力を前提にして行われる。企業では売上や利益の見通し、家計では所得や雇用の安定性が、借入のしやすさや条件に関わる。

    (注5)

    資産価格も上がりやすくなります 資産価格は、将来の収益や価値が高まると見込まれると上がりやすい。金利、信用環境、投資家の心理、海外情勢なども同時に影響する。

    (注6)

    低い成長でも、それがすでに織り込まれているなら 見込んでいた成長の速度と、実際に現れた成長の速度が大きくずれていない場合、企業や家計はその前提に合わせて動きやすい。混乱が大きくなりやすいのは、予測していた姿と実際の結果が大きく外れたときである。

    (注7)

    担保価値 担保価値とは、借入の裏づけとして差し出された土地、建物、株式などの資産が持つ評価額を指す。評価額である以上、資産価格や信用環境の変化によって見直されることがある。

    (注8)

    高度成長期 一般に、日本の高度成長期は1950年代半ばから1973年の第一次石油危機までを指すことが多い。所得の上昇、設備投資の拡大、都市化、耐久消費財の普及が重なり、成長が社会の前提になりやすい時期だった。

    (注9)

    ニクソンショック 1971年、アメリカがドルと金の交換停止を発表し、戦後の固定為替相場制が大きく揺らいだ出来事を指す。日本ではその後、円高圧力や国際環境の変化が企業活動に影響した。

    (注10)

    石油危機 1973年の第一次石油危機では、原油価格の急上昇が企業の生産費や家計の生活費を押し上げた。資源価格の変化は、日本経済が高度成長期と同じ前提で動き続けることを難しくした。

    (注11)

    省エネルギー化 石油危機後、日本企業はエネルギー消費を抑える設備投資や生産方法の改善を進めた。これは、資源制約を受け入れたうえで、生産性や競争力を組み直す動きでもあった。

    (注12)

    失われた三十年 バブル崩壊後の日本で、低成長、低インフレ、賃金の伸び悩みが長く続いた時期を指す表現である。時期の区切りには幅があるが、1990年代以降の長期停滞をまとめて語る言葉として使われる。

    (注13)

    低インフレ 低インフレとは、物価上昇率が低い状態を指す。物価が安定しているように見える一方で、賃金、価格設定、投資判断が動きにくくなる場合もある。

    (注14)

    バブル崩壊 1980年代後半に上昇した土地や株式の価格は、1990年代初めに大きく下落した。資産価格の下落は、担保価値、企業財務、金融機関の貸出姿勢に広く影響した。

    (注A)

    織り込み済みの資本主義 本文の「織り込み」は、金融市場の価格形成だけでなく、企業の投資、家計の支出、借入判断まで含む広い意味で使っている。金融市場では、将来の利益、金利、景気、政策、リスクへの見通しが価格に先に入る。実体経済では、将来の需要、所得、返済能力への見通しが、投資、雇用、消費、借入の判断に入る。 この見方は、将来期待が投資を左右するケインズ、債務と物価下落の連鎖を扱うフィッシャー、金融構造が不安定性を内側から生む過程を扱うミンスキー、バブル崩壊後の債務圧縮を扱うリチャード・クーなど、複数の理論と接点を持つ。 各理論が対象とする条件や危機の深さには違いがある。本文はそれらを一つの学説としてまとめるのではなく、将来への見通しが現在の投資・支出・金融判断へ戻ってくる共通の構造に焦点を当てている。

    (注B)

    期待が、現在の判断に入るとき ケインズは、投資が単純な確率計算だけで決まるとは考えなかった。将来の需要や利益には計算しきれない不確実性があり、企業家の確信や心理も投資判断に入ると捉えた。見通しの変化が投資を動かし、投資の変化が所得と需要へ波及するという関係は、有効需要の理論を構成する重要な部分である。 本文の「期待」と「織り込み」の区別は、この点と関係している。頭の中にある将来像は期待にとどまる。その期待が価格、投資、借入、支出の前提に入り、実際の資金の動きを変え始めたとき、本文ではそれを「織り込み」と呼んでいる。

    (注C)

    企業の価値 企業価値や株価を考えるときには、将来生み出す利益や現金収入を、現在の価値に引き直す考え方が使われる。将来の利益が大きいと見込まれれば評価は高くなりやすく、金利やリスクが高く見積もられれば評価は低くなりやすい。 この考え方では、企業の現在の価値は、過去の実績だけで決まるものではない。将来どれだけ稼ぐか、その稼ぎをどれだけ確かに見込めるか、金利がどの水準にあるかが評価に入る。本文で述べた「現在の価格に将来への見通しが入る」という説明は、この資産価格の考え方を一般読者向けに簡略化したものである。

    (注D)

    将来に安心感があれば 家計の消費については、現在の所得だけでなく、長い期間の所得見通しを含めて支出を決めるという考え方がある。フリードマンの恒常所得仮説や、モディリアーニらのライフサイクル仮説は、家計が一時点の収入だけを見て消費するのではなく、将来の所得や人生全体の収支を含めて支出を調整すると考えた。 一方で、将来の雇用や所得への不安が強まると、家計は支出を控え、手元資金を厚くしようとしやすい。これは予備的貯蓄の論点と関係する。本文では、こうした家計行動を細かい理論に分けず、「将来への安心感」と「将来への不安」という形で整理している。

    (注E)

    織り込まれていた将来の書き換え アーヴィング・フィッシャーの負債デフレ論では、物価や資産価格が下がる一方で、契約された債務額が残るため、債務の実質的な負担が増える。債務者が資産売却や支出削減で返済を進めると、価格や所得がさらに下がり、債務負担がいっそう重く見える連鎖も扱われる。 本文の「織り込まれていた将来の書き換え」は、物価下落だけに限った話ではない。将来の利益、需要、資産価値、返済能力への見方が変わることで、価格、投資、借入、支出が同時に見直される局面を指している。フィッシャーの議論とは危機の条件が異なるが、将来像の修正が債務や支出に波及する点で接点を持つ。

    (注F)

    担保価値への見方も変わる 資産価格が下がると、企業や家計が差し出している担保の価値も下がる。担保価値が弱まると、借入の条件は厳しくなりやすく、企業の投資や家計の支出にも影響が出る。このように、資産価格の変化が信用条件を変え、その信用条件の変化が実体経済をさらに動かす関係は、「金融アクセラレーター」と呼ばれる。 金融アクセラレーターの議論では、景気の変化が企業の財務状態を変え、その財務状態が次の資金調達や投資を左右する双方向の関係が重視される。本文の「価格が下がれば、資金調達や担保価値への見方も変わる」という箇所は、この論点と接点を持つ。

    (注G)

    低くなった速度の中で、もう一度加速の形が織り込み直された 成長率が下がることと、停滞が固定されることは分けて考える必要がある。外部条件が変わって速度が落ちても、企業や社会が新しい制約に合わせて投資、生産、技術、輸出の形を組み直す場合、低下した速度の中で別の成長経路が作られることがある。 ニクソンショック後から石油危機後の日本では、固定相場や安い資源を前提にした高度成長期の条件が揺らいだ。その一方で、省エネルギー化、技術更新、生産性向上、輸出競争力の強化を通じて、新しい条件への適応が進んだ。 本文では、この過程を、低速そのものが社会を縛る局面とは分けている。速度は落ちたが、その低下の中で投資や生産の形を組み直せた局面として扱っている。

    (注H)

    低い速度そのものが長く続き リチャード・クーは、バブル崩壊後に企業が利益最大化より債務返済を優先する状態を「バランスシート不況」として整理した。資産価格が下がり、企業の財務が傷むと、低金利でも借入や投資は伸びにくくなり、企業は手元資金を返済や防衛に向けやすくなる。 本文の「低い速度そのものが長く続き」は、この議論と接点を持つ。ただし、本文では企業部門だけでなく、家計の所得見通しや支出判断も含めて見ている。企業が投資や賃上げに慎重になり、家計が支出に慎重になることで、低速そのものが社会の前提として入り込んでいく局面を扱っている。

    1.参考資料

    1. 加藤直也・川本卓司「企業収益と設備投資―企業はなぜ設備投資に慎重なのか?―」(2016年、日本銀行)

    URL:
    https://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2016/rev16j04.htm

    1. 内閣府「令和7年度 年次経済財政報告 第2章第1節 個人消費の回復に向けて」(2025年、内閣府)

    URL:
    https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je25/h02-01.html

    1. 日本銀行「日本の『デフレーション』と政策対応」(2003年、日本銀行)

    URL:
    https://www2.boj.or.jp/archive/announcements/press/koen_2003/ko0304f.htm

    1. 経済企画庁「平成12年度年次経済報告 新しい世の中が始まる 第2章 持続的発展のための条件」(2000年、経済企画庁)

    URL:
    https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je00/wp-je00-0020j.html

    1. 内閣府「平成4年度 年次経済報告 第2章第6節 今次調整局面の特徴点と過去との比較」(1992年、内閣府)

    URL:
    https://www5.cao.go.jp/keizai3/keizaiwp/wp-je92/wp-je92-00206.html

    1. 資源エネルギー庁「平成29年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2018) 第1部第1章第4節 1970・80年頃~」(2018年、資源エネルギー庁)

    URL:
    https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2018html/1-1-4.html

    1. 内閣府「平成14年度 年次経済財政報告 第1章第2節 デフレ下の企業・銀行・家計の行動」(2002年、内閣府)

    URL:
    https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je02/wp-je02-00102.html

    2.深掘りするための一般書

    1. ジョージ・A・アカロフ、ロバート・J・シラー『アニマルスピリット』

    URL:
    https://str.toyokeizai.net/books/9784492313985/

    1. リチャード・クー『バランスシート不況下の世界経済』

    URL:
    https://www.books.or.jp/book-details/9784198637224

    1. 小林慶一郎『日本の経済政策――「失われた30年」をいかに克服するか』

    URL:
    https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/01/102786.html

    1. 渡辺努『物価とは何か』

    URL:
    https://www.amazon.co.jp/dp/4065267145

  • 補論 赤字国債とは何か②

    四 政府の赤字は、どこへ移されるのか

    ー赤字国債がはめ込まれる受け皿を見るー

    三章では、赤字国債を、凸の突起を凹にはめ込んでならすための費用として見た。では、その凹は具体的にどこにあるのか。赤字国債によってならされた負担は、抽象的にどこかへ消えるわけではなく、経済や制度の中にある受け皿へ移される。

    この章では、その受け皿を大きく二つに分けて見る。一つは、市場・金融の受け皿である。もう一つは、財政・制度の受け皿である。市場・金融の受け皿は、国債を実際に保有し、消化し、金利や流動性の中で受け止める場所である。財政・制度の受け皿は、その国債を最終的に支える、国家の徴税能力や負担配分の仕組みである。

    一 市場・金融の受け皿

    「日本国債は国内で多く保有されているから大丈夫だ」「日本にはまだ貯蓄があり、金融機関も国債を持てる」「自国通貨建ての国債だから、外貨建て債務とは違う」「低金利が続いている限り、利払いも急には膨らまない」。赤字国債を肯定的に見る議論では、このような主張がよく出てくる。これらの主張が見ているのは、市場・金融の受け皿の余白がまだ残っているという点である。

    市場・金融の受け皿とは、国債を実際に保有し、金利や流動性の中で受け止める場所である。政府から見れば国債は負債であり、保有する側から見れば資産である。日本では、家計や企業の貯蓄が、銀行、保険会社、年金基金などを通じて国債へ向かってきた。金融機関にとって、国債は安全性が高く、流動性もある資産として扱われてきた。

    日銀も、国債を受け止める場所の一つである。日銀が国債を保有すれば、国債市場の圧力は和らぎ、金利も抑えやすくなる。さらに、低金利環境、国債市場の信認、円建てで発行できる条件も、市場・金融の受け皿を支えている。国債残高が大きくても、金利が低ければ利払い費は抑えられる。国債市場の信認が保たれていれば、政府は国債を発行し、借換えを続けやすい。円建てで発行できることは、外貨建て債務を抱える国とは違う安定条件になる。

    市場・金融の受け皿は、国内貯蓄、金融機関、日銀、低金利、国債市場の信認、円建てで発行できる条件が重なることで成り立ってきた。ただし、同じ市場・金融の受け皿にも、性格の違いがある。国内貯蓄、金融機関、日銀は、国債を実際に保有する受け皿である。一方、低金利や国債市場の信認、円建てで発行できる条件は、国債をどの条件なら持てるのかを左右する受け皿である。

    つまり、同じ「現在ある凹」でも、誰が持つのかという余白と、どの条件なら持てるのかという余白は分けて見る必要がある。国債を保有する主体の余力が減っているのか。それとも、金利や信認の変化によって、持てる条件が厳しくなっているのか。どちらの凹が小さくなっているのかによって、問題の出方は変わる。

    二 財政・制度の受け皿

    市場・金融の受け皿が、国債を保有し、金利や流動性の中で受け止める場所だとすれば、財政・制度の受け皿は、その国債を支える国家側の力である。国債が安全な資産として扱われる背景には、政府が将来も税を集められるという前提がある。所得税、法人税、消費税などを制度通りに集められる。経済活動を把握し、課税し、徴収できる。行政機構が機能し、制度が維持されている。この徴税能力は、国債を支える重要な条件である。

    さらに、必要になったときに税制を見直す力も、受け皿の一部になる。税率を変える。課税ベースを広げる。負担する層を組み替える。消費税、所得税、法人税、社会保険料などの分担を見直す。こうした制度を組み替える力が、政府の赤字を受け止める土台になる。

    財政・制度の受け皿にも、性格の違いがある。一つは、税を集める力である。所得税、法人税、消費税などを制度通りに集め、経済活動を把握し、課税し、徴収する力である。もう一つは、制度を組み替える力である。税率を変える。課税ベースを広げる。負担する層を組み替える。社会保険料を含めた分担を見直す。つまり、財政・制度の受け皿とは、税を集める力だけでなく、必要に応じて負担の形を組み替える力でもある。

    市場・金融の受け皿が「国債をどこが持てるか」の話だとすれば、財政・制度の受け皿は「国家が税を集め、必要に応じて制度を組み替える力」の話である。市場が国債を買う背景には、金融の余白だけでなく、国家が将来も税を集め、制度を組み替えられるという見込みがある。

    大きく分ければ、赤字国債の受け皿は二つに整理できる。一つは、市場・金融の受け皿である。もう一つは、財政・制度の受け皿である。赤字国債は、この二つの受け皿によって支えられている。


    五 日本は、これからも凹を作り続けられるのか

    ー赤字国債のあとに、何が生まれるのかー

    三章では、凹を「現在ある余白」として見た。四章では、その現在ある余白を二つに分類した。ここからは、赤字国債を発行し、凸を凹によってならしたあとに何が起きるのかを見る。赤字国債を発行したことで、新たな凸や凹はどのように生まれるのか。そして、それはなぜ起きるのか。この章では、その未来の分岐を見ていく。

    一 新しい凹が生まれる場合

    赤字国債によって凸をならしたあと、新しい凹が生まれることがある。ここでいう新しい凹とは、発行時点で存在していた現在の凹ではない。赤字国債によって凸をならしたあとに、所得、税収、民間投資、生産性、制度の安定として生まれる可能性のある受け皿である。

    景気を支えた結果、所得が戻る。企業収益が回復する。雇用が守られる。民間投資が戻る。税収が増える。産業や人材が育つ。制度改革によって支出構造が安定する。このような変化が起きれば、赤字国債は単なる先送りではなくなる。

    たとえば、景気悪化の局面で赤字国債を発行し、財政支出によって不況の深まりを防ぐ。その結果、企業倒産や失業が抑えられ、所得や消費が戻れば、税収も回復しやすくなる。成長投資でも同じである。技術、人材、産業、インフラ、エネルギー、供給網などへの支出が民間投資を呼び込み、生産性を高め、所得や企業収益につながれば、新しい凹が広がる。

    社会保障や制度維持でも、社会の基礎を急に崩さず、生活や地域経済の劣化を防ぐことで、家計や企業が次の動きを取りやすくなる場合がある。もちろん、すべてが自動的にそうなるわけではない。ただ、赤字国債には、現在の凸をならしながら、新しい凹を作る可能性がある。この場合、重要なのは発行額そのものではなく、その赤字国債によって何が守られ、何が育ち、どの受け皿が将来広がると見込めるのかである。

    二 楽観論は、過去の成功例を見ている

    赤字国債に比較的楽観的な見方は、単なる願望だけで成り立っているわけではない。過去には、政府の財政支出が景気や社会の損傷を抑え、その後の回復につながったように見える局面がある。

    第一次石油危機後の財政対応は、その一つである。一九七〇年代半ば、日本経済は高度成長から低成長への移行に直面した。物価上昇、企業収益の圧迫、投資の慎重化が重なり、政府はそれまでのような自然な税収増を前提にしにくくなった。この局面で赤字国債が発行され、政府は財政支出によって景気と社会を支えた。高度成長がそのまま戻ったわけではないが、低成長への移行を、いきなり社会の崩れに変えないための支えにはなった。

    リーマンショック後の対応も、同じように見ることができる。世界的な金融危機によって、輸出、企業収益、雇用は大きく傷んだ。政府は財政支出によって、景気の急激な落ち込みを和らげようとした。財政支出がすべてを解決したわけではないが、企業倒産や失業の広がりを抑え、景気の底割れを防ぐ役割は持っていた。

    近年の財政対応については、もう少し複雑である。物価高、感染症後の回復、供給網の再編、エネルギー不安、産業政策など、政府が支出を求められる局面は多かった。楽観論の側から見れば、むしろ問題は、支出の速度や規模、計画性が十分だったのかという点にある。必要なところに、必要な速度で、十分な量を投じていれば、より大きな新しい凹を作れたのではないか。こう見ると、赤字国債は単なる借金ではなく、現在の凸をならし、将来の受け皿を作るための費用にもなりうる。

    三 市場は、凹が減っていることに反応する

    赤字国債を発行すれば、国債には金利が発生する。この点は単純だが、重要である。国債を発行して凸をならしても、その国債には利払いがつく。何も大きな問題が起きなくても、時間が経てば利払いによって財政の余白は少しずつ使われていく。

    赤字国債は、凸をならすための費用である。その費用には、元本だけでなく、金利も含まれる。赤字国債を発行したあと、新しい凹が十分に広がらなければ、現在ある凹は金利によって少しずつ埋まっていく。さらに、景気が戻らない、税収が伸びない、成長投資が成果につながらない、社会保障や制度維持の支出が膨らみ続ける、日銀や低金利への依存が続く、といった悪い影響が起きれば、凹はより早く減っていく。

    市場は、その変化に反応する。財政の余白が減っている。将来の税収で吸収できるか怪しい。国債を安全な資産として持ち続けるには、より高い利回りが必要だ。そう見られれば、金利は上がりやすくなる。そして金利上昇は、新しい凸になる。利払い費が増える。財政の自由度が狭まる。必要な支出に回せる余地が減る。借換えの条件が厳しくなる。つまり、凹が減ったことに市場が反応し、その反応がまた新しい凸を生む。

    これは市場・金融の受け皿だけの話ではない。財政・制度の受け皿でも、同じようなことが起こりうる。政府が税制を見直す。負担の配分を組み替える。増税や社会保険料の引き上げを行う。歳出削減を進める。これらは財政・制度の受け皿を作るための手段であるが、家計や企業の負担を増やし、消費や投資を弱めることもある。制度を支えるための変更が、別の場所で新しい凸を生むこともある。

    四 慎重論は、悪影響が出る可能性を警戒している

    赤字国債に慎重な見方は、発行額そのものだけを見ているわけではなく、その国債発行によって悪影響が出る可能性を警戒している。慎重論が見ているのは、赤字国債によって現在の凸をならした後の展開である。支出が将来の成長や税収につながらなければ、国債は残る。利払い費が増えれば、財政の自由度は狭まる。金利が上がれば、借換えの条件は重くなる。円安やインフレが進めば、負担は生活費や企業コストとして現れる。増税や歳出削減が必要になれば、家計、企業、地域に痛みが出る。

    近年の財政対応についても、この見方からは別の評価が出てくる。支出の速度や量をもっと計画的に設計すれば、成長の受け皿を作れたという見方がある。しかし慎重論から見れば、赤字国債の積み上がりそのものが重しになり始めている。国債残高が大きくなるほど、金利上昇時の利払い費は重くなる。借換えの条件も厳しくなる。市場が財政運営への警戒を強めれば、国債を持つためにより高い利回りを求める。その結果、赤字国債でならしたはずの負担が、金利という新しい凸として戻ってくる。

    二〇二六年に入って長期金利が上昇していることは、この慎重論に重みを与えている。長期金利は、ざっくり言えば市場がつける成績表である。財政だけで決まる数字ではない。物価、日銀の金融政策、国債需給、海外金利、為替、投資家心理なども反映される。しかし、それらを含めて、市場が日本国債をどの条件なら持てるのかを示す数字でもある。

    二〇二六年五月十四日には、新発十年債利回りが二・六〇五%となり、一九九七年五月以来の水準を更新したと報じられている。ここで重要なのは、同じ一九九七年以来の水準でも、背後にある国債残高が大きく違うことである。平成九年度末には公債残高が二五四兆円に達する見込みとされていた。一方、令和八年度、つまり二〇二六年度予算の資料では、普通国債残高は一一四五・四兆円とされている。長期金利が同じ二%台後半でも、国債残高が大きければ、財政に返ってくる重さは違う。

    これは、国債の受け皿が無限ではないことを示している。赤字国債によってならした負担は、しばらくは静かに置かれているように見える。しかし、市場が「その受け皿は狭くなってきた」と見れば、金利という形で反応する。その意味で、長期金利の上昇は、慎重論が見ている「新しい凸」の入り口として読める。

    ただし、長期金利の上昇によって、楽観論が語る「規模とスピード」の議論が一気に否定されるわけではない。金利上昇は慎重論に重みを与える。しかし、それは赤字国債を発行した後に、どのような凸凹が生まれるのかという問いを強めるものである。この点は、次の節で改めて見る。

    五 問うべきなのは、発行後の凸凹をどう予測するかである

    ここまで見てくると、赤字国債をめぐる議論の中心は、発行した瞬間だけにはない。赤字国債によって、現在の凸はならされる。しかし、その費用には金利がつく。何も悪いことが起きなくても、金利という形で、現在ある凹は少しずつ埋まっていく。

    だから、まず見るべきなのは、現在どれだけ凹が残っているのかである。市場・金融の受け皿はどれくらい残っているのか。財政・制度の受け皿はどれくらい残っているのか。その受け皿は、成長のエンジンとして使える余白でもあるのか。それとも、すでに国債を受け止めるだけでかなり埋まっているのか。

    現在の凹は、ただの保管場所ではない。将来の成長を生むための余白でもある。国内貯蓄は、国債を買うためだけにあるわけではない。企業投資や民間の資金循環にも関わる。低金利は、利払いを抑えるだけではなく、投資や借換えをしやすくする条件でもある。国債市場の信認は、政府が赤字を抱えるためだけでなく、危機時に素早く支出できる余地でもある。財政・制度の受け皿も、税制を組み替え、負担配分を調整し、社会制度を維持するための力でもある。

    この現在の凹を使い切ってしまえば、新しい凹を作る力も弱くなる。一方で、現在の凸を放置しても、新しい凹は作りにくくなる。災害の被害が残る。不況が深くなる。雇用や企業が失われる。社会保障や行政サービスの質が落ちる。将来成長のための投資ができなくなる。このような凸が大きいまま残れば、社会や経済の土台そのものが傷む。

    つまり、見るべきなのは単純な発行額ではない。現在の凸は、どれくらい大きいのか。現在の凹は、どれくらい残っているのか。赤字国債によって、その凹はどれくらい使われるのか。金利という凸は、何も起きなくてもどれくらい凹を埋めていくのか。その間に、新しい凹を作れるのか。ここが分岐点になる。

    楽観論は、現在の凹を使ってでも、新しい凹を作れると見る。慎重論は、新しい凹が生まれる前に、現在の凹が削られ、新しい凸が生まれることを警戒する。どちらが正しいかを、最初から決める必要はない。重要なのは、その予測の精度である。

    赤字国債は、現在の凸をならすために使われる。しかし、そのために使う凹は、将来の成長の土台でもある。さらに、何も起きなくても、金利という凸がその凹を少しずつ埋めていく。だから赤字国債を見るとは、発行額を見ることだけではない。現在の凸の大きさ。現在の凹の残量。金利によって凹が埋まる速度。そして、その間に新しい凹を作れる見込み。このバランスをどう読むかである。

    赤字国債をめぐる楽観論と慎重論の違いは、ここにある。