第3節 政府・金融・企業がつくった成長の回路
戦後日本の成長は、アメリカ主導の固定相場・冷戦体制という外部条件の上に成り立っていた。
その追い風を、実際の生産拡大、設備投資、輸出競争力へ変えるには、国内でそれを回す仕組みが要る。
その仕組みを支えたのが、政府、金融、企業の結びつきである。
高度成長とは、市場に任せて自然に起きた現象というより、政府が方向を示し、金融が資金を流し、企業が積極的に投資することで回っていた成長の回路だった。
政府の役割は大きかった。
ここでいう政府とは、単に予算を配る存在ではない。
産業政策を通じて、どの分野に資源を集め、どの分野を育て、どの分野を後回しにするかという方向を示す存在だった。
通商産業省を中心とする行政は、外貨配分、輸入管理、技術導入、税制、公共投資などを通じて、成長の重点を重化学工業や輸出産業へ寄せていった。
鉄鋼、造船、石油化学、機械、自動車といった分野が伸びたのは、企業の努力だけによるものではない。
国家が限られた資源をどこへ集中させるかという選択を行い、その方向に成長のレールを敷いていたからである。
現場で投資し、製品を作り、競争し、生産性を上げたのは企業である。
日本の高度成長は、国家が大まかな進路を示し、企業がその中で拡張競争を行うかたちで進んだ。
自由市場と統制経済の中間に、独特の成長国家のかたちがあったのである。
その国家の方向づけを現実の拡大へ変えたのが金融だった。
成長には資金がいる。
重化学工業化や設備投資主導の成長には、短期資金よりも、将来の需要を見込んで先に投じる大きな資金が必要だった。
そこで重要だったのが、銀行中心の金融システムである。
家計の貯蓄は金融機関に集まり、その資金が企業へ貸し出される。
さらに日銀の金融調節や行政の保護の下で、低金利と安定的な資金供給が保たれた。
金融は単なる仲介ではなく、成長の時間を先取りする装置として機能していた。
この時代の企業は、後の日本企業のイメージほど守りに入ってはいない。
需要は伸びる。
輸出も広がる。
国内のインフラ整備も進む。
そうした見通しの下で、企業は借入を拡大し、設備投資を積み増し、生産能力を先回りして広げていった。
借金をしてでも大きくなることに合理性があった。
いまの日本企業に付きまとう「内部留保を積み上げる慎重さ」は、この時代の中心的な姿ではない。
高度成長期の企業は、利益をため込むより、次の成長を見込んで再投資する主体だったのである。
政府、金融、企業は、ここで一本の回路としてつながる。
政府が成長分野を後押しし、金融がそこへ資金を流し、企業が生産設備を拡大する。
設備投資は生産性を押し上げ、輸出と国内供給を増やし、利益と所得を生む。
所得の増加は貯蓄の増加にもつながり、その資金が再び金融機関を通じて投資へ戻っていく。
この時代の成長は、単発の追い風ではなく、投資が投資を呼ぶ循環として回っていた。
高度成長の強さとは、外から与えられた好条件を、この国内循環が自己増殖的に拡大していったところにある。
その循環は生産現場の改善とも結びついていた。
設備を増やすだけでは競争力は続かない。
量産を回し、不良率を下げ、工程を整え、品質を上げていく必要がある。
戦後初期には「安かろう悪かろう」と見られた日本製品が、やがて「安くて品質が安定している」ものへと評価を変えていった背景には、この投資主導の回路と現場の改善努力の結合があった。
政府が方向を示し、金融が前貸しし、企業が量産と改善で応える。
高成長の回路は、単なる資金の循環にとどまらず、技術と品質の蓄積の回路でもあった。
この回路は成長を押し上げる一方で、偏りや将来の調整課題も抱え込んだ。
高い成長率が続くことが、その前提にあった。
将来の需要が伸びるという期待があるからこそ、銀行は貸し、企業は借り、政府も拡張を正当化できた。
資源配分は重化学工業や輸出産業へ偏りやすく、そこで取り残される分野や地域も生まれる。
政府、金融、企業の距離が近いほど、成長局面では強いが、後に調整が必要になったときには、どこで線を引くのかが曖昧になりやすい。
この時代の成長回路は、日本を一気に押し上げたが、それ自体が永遠に続く仕組みではなかった。
それでも、一九五〇年代後半から六〇年代にかけては、この回路は力強く機能した。
外には固定相場と対米市場があり、内には政府の方向づけと銀行の資金供給があり、企業には将来需要を見込んで投資を拡大する意欲があった。
この噛み合いが、日本経済を単なる復興から持続的な成長へ押し上げた。
その果実は、雇用、所得、消費の拡大というかたちで比較的広く社会に配られていく。
高度成長は、政府、金融、企業だけの成功では終わらなかった。
果実が国民生活に届いたからこそ、この成長は社会の安定とも結びついていった。
第4節 労働移動と大衆消費社会
政府・金融・企業が作った成長の回路は、工場の数字や輸出額だけを押し上げたのではなかった。
その回路が本当に戦後日本を安定させたのは、成長の果実が雇用、所得、消費の拡大というかたちで国民生活に届いたからである。
高度成長が単なる生産拡大の時代を超えて、社会そのものの風景を変える時代になったのは、この点にある。
工場が増え、投資が拡大し、輸出が伸びる。
その結果として、人が動き、家計が変わり、暮らしの標準が書き換えられていった。
その変化の中心にあったのが、労働移動である。
戦前から続いていた農村人口の厚みは、戦後の高度成長期に急速に都市部へ引き寄せられていく。
工業化が進むほど、工場、建設、運輸、サービスの現場では人手が必要になる。
都市は仕事を生み、地方は人を送り出した。
この移動は、単なる人口の移動ではない。
低生産性部門から高生産性部門への移動であり、日本全体の生産性を押し上げる力でもあった。
成長は、人がじっとしている社会では起こりにくい。
この時代の日本では、人そのものが成長の回路の中を流れていたのである。
この労働移動は、個人にとってはきわめて大きな生活の転換を意味した。
農村から都市へ出るということは、仕事の内容が変わるだけではない。
住む場所が変わり、家族の形が変わり、消費の仕方が変わり、人生の見取り図そのものが変わるということである。
集団就職という言葉が象徴するように、この時代の成長は、若年層を地方から都市へ吸い上げながら進んでいった。
それは地方にとっては人口流出であり、都市にとっては労働力流入であり、日本経済全体にとっては成長の推進力だった。
この動きによって、企業は必要な人手を得て、生産を拡大し続けることができた。
豊かさは広がったが、その届き方には濃淡があった。
業種差も地域差もあり、大企業と中小企業の差もあった。
それでも、全体として見れば、戦後日本では成長の果実が家計に届く経路が比較的強く働いていた。
賃金の上昇は消費の拡大につながり、消費の拡大はさらに企業の生産と投資を支える。
投資主導の回路は家計の側にまでつながり、成長は生活の改善として実感されるようになっていく。
所得倍増という言葉が象徴的に使われるのは、そのためである。
それは単なるスローガンではなかった。
実際に、多くの人にとって生活水準が上がっていく感覚があった。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機に代表される耐久消費財は、その象徴である。
これらは単なる商品ではない。
工業生産の成果が家計の中に入り込み、生活のリズムそのものを変えていく装置だった。
電化製品の普及は、消費の拡大であると同時に、「普通の暮らし」の基準を書き換える出来事でもあった。
高度成長期の大衆消費社会とは、豊かさが一部の贅沢ではなく、多くの家計の現実へ降りてきた社会だったのである。
消費の拡大は、生活必需の充足や家事負担の軽減、住環境の改善として現れた。
教育投資の拡大もその流れの中にある。
そうした変化が重なったことで、成長は単なる国家の統計ではなく、日常の手触りになった。
人々を動かしたのは、暮らしが前より良くなっていくという実感だった。
前より買えるようになった。
前より便利になった。
前より子どもに教育を与えられるようになった。
その実感があったからこそ、高度成長は政治的にも社会的にも強い正統性を持ちえたのである。
このことは、中間層意識の形成とも深く関わっている。
高度成長期の日本では、自分たちは極端な貧困層ではなく、ある程度安定した生活を送る「中ほど」にいるという感覚が広がっていく。
この感覚は、厳密な統計分類というより、生活実感としての共有感覚だった。
住宅を持ち、家電を持ち、子どもを学校へやり、年ごとに暮らし向きが少しずつ良くなる。
そうした経験の積み重ねが、「自分たちは上にのぼっている」という感覚を支えた。
成長の果実が一部に偏りすぎれば不満は先鋭化するが、この時代の日本では、少なくとも多くの人が自分もその果実の一部を受け取っていると感じることができた。
高度成長の強さは、単に成長率が高かったことではない。
その成長が、多くの人にとって「自分の暮らしも前に進んでいる」と感じられる形で配分されていたことにあった。
このことは裏を返せば、成長の持続が社会の安定そのものの条件になっていたことを意味する。
雇用が増え、所得が上がり、消費が拡大するという循環が続く限り、矛盾は後景へ退く。
その循環が鈍れば、これまで成長の中で吸収されていた問題は別の顔で現れてくる。
その配分には、すでに偏りも含まれていた。
家計の安定は、世帯内で誰が所得を担い、誰が生活の維持を担うかという分業や、会社を生活の中心的な共同体として受け入れる社会の形にも支えられていた。
成長の果実は広く届いたが、その届き方そのものにはすでに偏りがあり、負担の輪郭もまた高成長の裏面として現れ始めていた。
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