カテゴリー: 本稿

  • パランティア・テクノロジーズ

    ー各国の議論から、日本の論点を整理するー

    パランティア・テクノロジーズは、しばしば「AI企業」として語られる。
    だが、その呼び方は便利であるぶん、実態を薄める。

    この会社の重心は、文章生成のような表側のAIにあるというより、
    国家や巨大組織が
    何を見て、どうつなぎ、どう判断するか
    という中枢に近い部分にある。

    実際、
    同社の2025年売上の54%は政府向け
    46%は民間向けであり
    今もなお政府・安全保障領域との距離が非常に近い企業である。

    したがって、この企業をめぐる議論は、単純な賛否では足りない。
    「便利だから使うべきか」
    「不気味だから避けるべきか」
    という二択は、あまりに浅い。

    問うべきなのは、
    国家の神経系に近い基盤を、どのような企業に、どの程度まで委ねてよいのか
    ということである。

    本稿では、その問いを日本の論点へ引き寄せて考えたい。


    1.米パランティア・テクノロジーズとはどんな会社なのか

    パランティアの本質は、製品名を並べることでは掴みにくい。

    この会社の中核にあるのは、
    バラバラに散らばった情報をつなぎ直し、現場の判断に使える形へ変えること
    である。

    官庁でも軍でも企業でも、大きな組織ほど情報は分断される。
    部署ごとに管理され、形式も異なり、互いに見えない。

    そうした
    断片をつなぎ
    全体像を可視化し
    優先順位を付け
    行動へ結びつける。

    パランティアが売っているのは、要するにそのための基盤である。
    政府向け売上が過半を占めることも、
    この会社が通常の業務ソフト企業とは違い、
    国家機能に近い場所で価値を持つ企業であることを示している。

    重要なのは、この企業が単なる
    「情報の保管庫」を提供しているのではない点だ。

    保管だけなら既存のシステムでもある程度は足りる。
    パランティアの特徴は、そこから一歩進んで、
    組織の見え方そのものを変えることにある。

    何が重要か、どの異常を先に捉えるか、どの情報同士を結びつけるか。
    その判断の前提に関わる。

    だからこの企業は、会計ソフトや勤怠管理ソフトの延長線上では語れない。
    問題は機能の一つではなく、判断様式の骨格に触れることにある。


    2.米パランティア・テクノロジーズと米政府の関係

    この企業を理解するうえで、米政府との距離の近さは避けて通れない。

    パランティアは、米国の情報・安全保障の世界と近い場所から成長した。
    初期にはCIA系の技術投資機関In-Q-Telの支援を受け、
    Reutersも同社を「CIA-backed」と位置づけている。
    In-Q-Tel自身も、自らを米国と同盟国の国家安全保障ミッション
    を支える投資主体として位置づけている。

    しかもこの関係は過去形ではない。
    Reutersは2026年、パランティアの「Maven Smart System」が
    米国防総省のAI主導ソフト基盤として、
    情報分析やターゲティング支援を含む軍事運用の中核に置かれていると報じた。

    ここで重要なのは、
    陰謀論を足すことではなく、
    逆に余計な装飾を削ることだ。

    この会社は、米国の国家機能、
    とりわけ情報・防衛領域の実務の中で磨かれてきた企業である。
    便利さの背景には、国家の現場がある。


    3.メリットと危機感の整理

    こうした企業が評価される理由は、実務上の利点が非常に明確だからである。

    情報が分断されたままでは、組織は遅れる。
    医療では連携が鈍り、
    防災では初動が遅れ、
    防衛では認識の遅れが危険に直結する。

    英国NHSが2023年にPalantir主導コンソーシアムへ患者データ基盤を発注し、
    公式FAQでも「散在する医療データをつなぎ、よりよい意思決定に役立てる」
    と説明しているのは、その典型である。
    現場にとって重要なのは理念より先に、見えないものが見えるようになることだ。

    しかし、利点が明確であることは、そのまま危機感の根拠にもなる。
    なぜなら、分断された情報をつなぐ基盤は、
    目的が限定されている間は便利でも、
    一度中枢に入れば、別の用途へ広がる力を必ず持つからである。

    英国ではNHSのPalantir契約をめぐって、
    患者団体や法律家
    人権団体が
    将来の権力濫用や国家的監視への接続可能性を警告した。

    問題は現在の用途だけではなく、
    将来の用途変更にどこまで耐えられるかにある。

    ここまでは、まだ論点の土台である。
    重要なのは、各国がこの危うさをどこに見ているかだ。
    その差を見ると、日本で何が争点になるのかが整理される。


    4.ヨーロッパ各国と韓国の立ち位置は何が違うのか

    同じパランティアを前にしても、各国が見ている問題は同じではない。
    違うのは、企業の性質そのものより、
    各国がどこに最も強い危機感を置くかである。
    その差をたどると、日本で何が論点になるのかも見えやすくなる。


    英国で前面に出るのは、
    実務上の有用性と統治上の歯止めをどう両立させるかという問題である。

    NHS Englandは2023年、
    Palantir主導コンソーシアムに患者データ基盤を発注した。

    導入の背景にあるのは、
    分断された医療情報をつなぎ
    現場の意思決定を速めたい
    という実務上の要請である。

    他方で、その高い相互運用性が
    将来の権力濫用や国家的監視へ接続しうるとして、
    患者団体や法律家らの批判も強い。

    英国では、導入の是非そのものより、
    導入後にどう統治するかが争点になりやすい。


    フランスで前面に出るのは、主権の問題である。

    フランスの情報機関は2015年のテロ後にPalantirを導入し、
    その後も更新を続けてきたが、
    同時に政府や企業側では国産代替の必要性が繰り返し語られてきた。

    必要だから使う。
    しかし、使い続ける状態そのものを理想とは見ない。

    フランスの議論が示しているのは、
    利便と依存が同時に成立しうるという事実であり、
    ここで問われているのは、
    国家の中枢機能を外国技術にどこまで預けてよいのか
    という主権の線引きである。


    ドイツでは、焦点はさらに絞られる。

    2023年、連邦憲法裁判所は
    州警察による自動データ分析の法的枠組みを違憲と判断し、
    情報自己決定権の侵害を問題にした。

    ここでは
    「役に立つか」より先に、
    「国家がそこまでしてよいのか」が問われる。

    ドイツにおけるPalantir論争は、企業評価ではなく、
    警察権力と基本権の境界をめぐる憲法問題として立ち上がった。

    要するに、ドイツが最も強く可視化しているのは、
    国家による統合と推論の強さそのものへの警戒である。


    韓国は、英国・フランス・ドイツのように
    危機感が明確に言語化された比較対象ではない。

    むしろ、そうした議論が前景化しないまま導入が進みうる点で、
    日本にとって重要な比較対象である。

    現時点で公開情報のうえで目立つのは、
    国家安全保障機関での大型導入というより、
    HD Hyundaiとの大型契約に象徴されるような、
    重工・造船を中心とした産業領域での展開である。

    少なくとも公開情報ベースでは、
    韓国で前面に出ているのは安全保障論争より産業導入である。

    だが、この点こそがむしろ重要である。

    造船、重工、通信、AI運用基盤といった領域は、
    平時には産業インフラとして語られても、
    有事には安全保障の土台へ接続しうる。

    これは公開情報からの一歩先の推論だが、韓国の事例が示しているのは、
    欧州のように危機感が可視化されたうえで争われる姿ではなく、
    十分な社会的論争が起きないまま、外部仕様が中枢へ接近しうる経路である。

    その意味で韓国は、
    「何が議論されているか」
    を見る比較対象ではなく、

    「何が議論されないまま進みうるか」
    を映す鏡として読むべきである。


    こうして並べると、四か国の違いはかなり明確になる。

    英国で可視化されているのは統治の歯止め
    フランスで可視化されているのは主権
    ドイツで可視化されているのは基本権であり

    韓国で示唆的なのは、
    そうした危機感が十分に言語化されないまま産業導入が先行しうることである。この非対称性こそ、日本にとってはむしろ重要である。


    5.日本で本当に問うべき四つの論点

    前節の比較から、日本での論点は四つに整理できる。
    これは抽象的な思いつきではなく、
    各国が何を問題として可視化しているかを日本に引き寄せた結果である。

    論点は、
    憲法13条
    個人情報保護法
    経済安全保障
    防衛利用

    に分かれる。


    第一は、憲法13条の問題である。

    ドイツが最も鋭く示したのは、
    国家がデータをただ持つことではなく、
    それを横断的に結び付け、
    新たな関係性や危険性を推定することへの警戒だった。

    日本国憲法13条は個人の尊重を定めており、
    日本で争点になるのも、単なる情報保有の是非ではなく、
    統合と推論によって国家が個人について何を新たに知り得るのかという点である。

    問題は保存ではなく、判断の前提を国家がどこまで再構成できるかにある。


    第二は、個人情報保護法と目的外利用の問題である。

    英国の事例が示したのは、基盤そのものの導入可否より、
    その用途がどこまで広がるかという不安だった。

    日本でも、
    個人情報保護法と個人情報保護委員会の行政機関等向けガイドラインは、
    利用目的の特定や適正な取扱い、
    目的外利用に関する厳格な枠組みを置いている。

    したがって争点は、導入時の説明が妥当かどうかより、
    導入後に拡張圧力をどう抑えるかにある。

    平時の行政効率化のための基盤が、
    別の行政目的や安全保障目的へ滑っていかないか。
    そこが日本でも実務上の核心になる。


    第三は、経済安全保障と主権の問題である。

    これはフランスがもっとも鮮明に示している。
    必要だから使う。
    しかし、依存したままでいたいわけではない。

    日本でも、内閣官房の2026年提言は、
    経済安全保障の文脈でデータセキュリティを新たな論点として位置づけ、
    安全保障上重要なデータやクラウド、
    データセンターの防護の重要性を強調している。

    ここで問われるのは、「外資だから嫌だ」という感情論ではない。
    国家の中枢データ基盤や危機対応の判断様式を、
    外部の設計思想や更新体系に深く寄せてよいのかという問題である。

    要するに、これはプライバシー論より一段上の、
    国家の運転席を誰が握るのかという論点である。


    第四は、防衛利用の問題である。
    ここでは韓国比較が効いてくる。

    防衛省のAI活用推進基本方針は、
    無人アセット
    指揮統制・情報関連機能
    意思決定支援へのAI活用
    を進めると明記している。

    他方で韓国の事例は、安全保障への接続が、
    防衛契約という分かりやすい形で始まるとは限らないことを示唆する。

    造船、重工、通信、AI運用基盤のような領域は、
    平時には産業インフラであっても、有事には安全保障の土台になりうる。

    したがって、日本の防衛利用の論点は、防衛省の内部利用だけに閉じない。
    どの時点で産業基盤が安全保障基盤へと読み替わるのか
    が、実際には重要になる。

    結局、日本で問うべきことは一つに収れんする。
    この企業を使うかどうかではない。

    日本は何を誰に委ね
    その依存を途中で止め
    置き換え
    自力で運転し直せるのか。

    欧州三国が示したのは、
    統治
    主権
    基本権
    という異なる危機感の形であり、

    韓国が示唆するのは、
    そうした危機感が十分に言語化されないまま、
    外部仕様が中枢へ接近しうることである。

    日本にとって本当に重いのは、導入の瞬間より、
    気づいた時には判断の骨格そのものが外部仕様に寄っているという事態である。


    結び

    パランティアは、ただのAI企業として見るには国家に近すぎる。
    一方で、単純な監視企業として片づけるにも雑すぎる。

    この企業が本当に扱っているのは、
    国家や巨大組織の「見る」「つなぐ」「判断する」という中枢であり、
    その意味で、国家の神経系に触れる企業である。

    政府売上がなお過半を占め、
    米国の情報・防衛国家との近接の中で成長してきたことは、
    その見方を裏づけている。

    だから論点は、ソフトの名称ではない。
    問うべきは、
    どの国の、どの設計思想に、自分たちの判断の形を寄せていくのかである。

    この問題は技術論の顔をしている。
    だが、最後に残るのは主権論だ。
    そしておそらく、そこが最も重い。


    以上が、パランティアをめぐって日本で考えるべき大きな論点です。
    ただ、ここまでの整理だけでは、少し抽象的に見えるかもしれないです。
    次の記事では、
    この4つの論点が実際にはどういう場面で問題になりうるのかを、
    もう少し具体的に考えてみたいと思います。


    参考にした主な資料

  • 日本経済2025の分解:3話― 構造・政策・データで読む現在地 ―

    第三話:回復している日本経済
           ーその中身を分解するー

    2025年度の日本経済レポートは、
    景気について「緩やかな回復基調は維持」と評価している。

    実質GDPはコロナ前水準を上回り、名目賃金も上昇している。
    企業は価格転嫁を進め、賃上げ率も過去と比べれば高い水準だ。
    しかし同時に、実質賃金は力強さを欠き、個人消費の回復も限定的である。

    さらに、物価高の影響は所得階層によって異なり、
    産業ごとに賃金の伸び方も違う。
    「回復している」という言葉だけでは、この局面は説明できない。
    本稿では図表を手がかりに、いまの回復の“質”を分解する。


    1.GDP回復の主役

    実質GDPは回復している。
    しかし内訳を見ると、主に輸出と設備投資が押し上げている。

    個人消費の伸びは緩やかで、力強い主導役とは言い難い。
    成長率の寄与度を見ても、四半期ごとに押し上げ要因が入れ替わっている。
    外需が押し上げる期もあれば、在庫や内需が押し下げる期もある。

    つまり、回復はしているが、
    安定的な内需拡大による自律的成長にはまだ至っていない。


    2.名目賃金は上昇

    名目賃金は上昇している。
    だが、消費者物価指数を差し引いた実質賃金は、
    長い期間でマイナス圏にとどまってきた。

    物価上昇の内訳を見ると、
    食料
    光熱費
    エネルギー
    サービス
    が押し上げ要因となっている。

    これらは家計が回避しにくい支出項目であり、生活実感への影響が大きい。
    一方、企業側では仕入価格上昇を販売価格に転嫁する動きが進展している。
    価格転嫁が可能になり、企業収益は改善しつつある。

    しかし、インフレ率が賃金上昇率を上回る局面が続けば、
    実質購買力は削られる。
    消費が伸び悩むのは自然な帰結である。

    これは心理の問題ではない。
    単純な算術の問題だ。


    3.低所得層ほど強く打たれる構造

    所得五分位別に見ると、
    所得が低い世帯ほど直面する物価上昇率が高い傾向にある。
    差を生んでいるのは、食料と光熱費である。
    低所得層ほどこれらの支出割合が高いため、同じ物価上昇でも影響が大きい。

    消費性向が高い層の購買力が削られれば、マクロの消費回復は鈍る。
    消費が弱いのは、マインドの問題というよりも、
    所得分布と物価構造の問題である。


    4.産業別賃金分布の違いが示すもの

    2018年と2024年を比較すると、賃金分布は全体として右にシフトしている。
    賃金水準は上昇している。
    しかし、産業によって上がり方は異なる。

    医療・福祉では、分布は右に移動しているが、
    高賃金側の裾は大きく広がっていない。
    底上げはあるが、上限が伸びにくい。

    建設業では、右シフトに加え、高賃金帯も拡大している。
    分布の広がりが見られる。

    違いを生んでいるのは価格決定構造だ。

    医療・福祉は公定価格に依存し、価格を自由に上げにくい。
    人手不足でも収益の上限が制度で縛られるため、賃金の伸びにも制約がかかる。
    建設は市場価格が機能しやすく、需給逼迫が賃金に反映されやすい。

    日本の雇用の大きな受け皿は医療・福祉である。
    その賃金が構造的に上がりにくければ、国全体の実質賃金改善も遅れる。


    5.途中段階で終わる可能性

    本稿の前提は明確である。
    今回のインフレは需要過熱型ではなく、コストプッシュ型であった。

    「いまは好循環の途中段階に過ぎない」という見方もある。
    企業収益の改善が時間差で賃金に波及し、
    やがて実質賃金がプラスに転じるという期待だ。

    可能性はある。
    しかし、インフレ率が賃金上昇率を上回る状態が続けば好循環は定着しない。

    価格転嫁が可能な産業では賃金が伸びても、
    公定価格産業では市場メカニズムだけでは十分な賃上げは起きにくい。

    ここは制度設計の領域である。
    価格転嫁が進んだこと自体は企業体力の回復を示すが、
    それは必ずしも需要拡大を伴うものではない。

    したがって、賃金上昇の持続性は自動的には保証されない。
    企業収益が防衛から拡大型へと移行するかどうかが、今後の分岐点である。


    6.外需主導の限界

    外需主導の成長が悪いわけではない。
    しかし、日本の産業構造は約8割が内需型である。

    世界的な中間層の増加に伴うコスト上昇、
    地政学リスク、
    資源価格の変動
    などを考えれば、

    外需だけで安定的に成長を維持するのは容易ではない。
    人口減少社会で外需に過度に依存すれば、
    名目は伸びても家計の実質は痩せる可能性がある。

    輸出企業の収益が拡大しても、
    それが家計の実質所得に波及しなければ、
    名目の成長と生活の実感は乖離する。

    それは「成長しているが豊かでない」状態を生む。


    7.必要条件 結論は明確である。

    実質賃金がインフレ率を持続的に上回る局面を定着させること。
    これが回復を強くするための必要条件である。

    企業収益の改善を賃金に波及させること。
    公定価格産業でも
    インフレを相殺し得る賃上げを可能にする制度設計を行うこと。
    内需の厚みを回復させること。

    マインドに期待するだけでは足りない。
    構造を設計する必要がある。

    いまの日本経済は回復している。
    しかし、その回復はまだ完成していない。
    問われているのは、回復の有無ではない。

    回復の果実を、実質として家計に届かせる設計があるかどうかである。
    持続的な賃金上昇には、生産性向上が不可欠である。

    日本経済レポートでは、
    M&Aを行った企業において、収益性や労働生産性の改善が確認されている。
    もっとも、生産性の問題は本稿の中心テーマとは異なるため、
    ここでは指摘にとどめたい。


    ここで一度、数字そのものから少し離れておきたい。
    政府発表を読むときに大事なのは、何が書かれているかだけではなく、
    何が先に語られ、何が後ろに置かれているかを見ることである。
    以下の補論では、今回のレポートを手がかりに、その読み方を整理する。

  • 日本人から見たイランー変化の中身ではなく、変化の主語を問うー

    Ⅰ.「宗教か世俗か」では捉えきれないもの

    イラン情勢は、宗教、独裁、デモ、アメリカ、イスラエルといった強い言葉で語られやすい。そのため議論もつい、「宗教か世俗か」「親米か反米か」「民主化か独裁か」といった分かりやすい対立に整理されがちである。

    もちろん、そうした軸も重要であり、政治の構図を捉える手がかりになる。その奥には、人びとが長い時間をかけて積み重ねてきた感覚の層がある。

    本稿で人文科学的視点を重視するのは、歴史を制度や事件の断片としてではなく、その社会を生きる人びとが積み重ねてきた長い物語として読むためである。政権が変わり、制度が変わり、登場人物が入れ替わっても、人びとは同じ社会が積み重ねてきた物語の続きを生きている。社会の深い部分にある記憶(注A)、価値観、信仰、誇り、屈辱の感覚が人びとの中に沈殿し続けるからこそ、歴史は断絶と連続の両方から読むことができる。

    ページは変わる。だが、人びとが何を侮辱と感じ、何を正統と感じ、何を守ろうとするのかという深い部分は、長い時間を通じて持続する。この視点を入れることで、革命、反発、制度の硬直、外圧への拒絶は、ばらばらの事件ではなく、人びとが生きてきた同じ歴史の別の場面として読み直すことができる。この視点が弱いと、歴史は点の集まりに崩れ、制度だけが動くか、感情だけが騒ぐかのどちらかに傾きやすい。

    イランを考えるうえでは、何を選ぶかと同時に、その変化を誰の手で選ぶのかが重要になる。この問いを置くことで、イラン革命も、現在の抗議も、体制への反発も、一つの歴史の流れとして見えてくる。本稿では、イランをめぐる問題を、宗教と世俗、西洋化と反西洋化といった対立軸を越えて、主体性と正統性(注B)の問題として考えてみたい。そこに見えてくるのは、制度の中身以上に、変化の主語そのもの(注C)が問われているという構図である。


    Ⅱ.1979年革命が拒絶したもの

    1979年のイラン革命は、しばしば「反西洋」や「近代化への反動」として語られてきた。しかし、その見方だけでは革命に集まった不満の広がりを捉えきれない。

    革命前のパフラヴィー体制(注1)は、アメリカを中心とする西側諸国との関係を深めながら、国家主導で急速な近代化を進めていた。経済、教育、産業、生活のあり方まで大きく組み替えられ、その変化は都市化や産業化を進める一方で、イラン社会が長い時間をかけて育んできた価値の配置や生活の感覚との摩擦も生んだ。さらに、アメリカとの強い結びつきは、自分たちの国がどこへ向かうのかという大きな選択が、人びとの生活や言葉から離れたところで決められているという感覚を強めていった。

    人びとの反発は、まず近代化の内容に向かった。しかしその根底には、自分たちの社会がどのように変わるのか、その方向を誰が決めるのかという問題があった。急速な変化によって生活の形が組み替えられるなかで、社会の主導権そのものが問われるようになったのである。そこから、自分たちの歴史、自分たちの言葉、自分たちの価値の配置の中から、次の秩序を選び直そうとする動きが広がっていった。

    だからこそ、革命には様々な立場の人たちが参加した。宗教勢力に加え、自由主義者、民族主義者、左派、学生、商人など、それぞれ異なる思想や利害を持つ人びとが王政に反発していた。その先に思い描く国家の姿には大きな違いがあったが、自分たちの国のあり方を自分たちの手に取り戻したいという要求が、異なる勢力を一つの革命へ集める力になった。

    革命が成功すると、問いは次の段階へ移った。取り戻した「自分たち」という主語を、誰が代表するのかという問題である。革命後の政治過程では宗教政治勢力が次第に主導権を握り、憲法制定を通じて宗教法学者が国家指導の中心に立つ仕組み(注2)が制度化された。宗教法学者が国家統治の中心に立つこの仕組みは、シーア派の長い歴史の中でも大きな転換を伴う、新しい統治の設計だった。革命後に創設された革命防衛隊(注3)も、新しい体制を守る組織として力を持つようになった。

    こうして、外部との関係のなかで失われたと感じられていた主導権を取り戻す運動は、革命後には、誰が「イラン」を語り、誰が「革命」を語り、誰が「国民」を代表するのかという国内の問題へ移っていった。革命が取り戻そうとした「自分たち」という主語が、誰の手に集まり、どのような形で社会全体を代表するようになったのかという問いは、その後のイスラム共和国の統治と、現在の反発を考えるうえでも重要になる。


    Ⅲ.生活に染み込んだシーア派と、国家による「正しい形」

    この構図は、現在のイラン国内で噴き出している不満や抗議にも通じている。今日の反発を単純に「宗教が嫌だ」という話として理解すると、本質を外す。

    人びとの反発が強く向かっているのは、国家が唯一の正解として固定し、上から塗り固めた価値体系の方ではないか。問題の中心には、宗教そのものよりも、宗教が統治技術として硬化したことがある。

    シーア派は、人びとの生活に深く溶け込んできた。それは共同体の記憶、悲しみ、儀礼、家族、時間感覚と結びついた、生きられた文化の一部(注D)でもある。人びとの暮らしの中に浸透し、心の芯に触れるような層を持っている。そこでは宗教は、生活と不可分な精神の織物として人びとの日常に存在してきた。

    この点は、日本人にもある程度感覚的に理解しやすいかもしれない。日本における神社や祭礼、祖先観、年中行事の多くは、厳格な教義として信じられる以前に、生活の一部として息づいている。それは思想として切り分けられる前に、暮らしの中に編み込まれている。

    イランにおけるシーア派にも、そうした生活に染み込んだ文明的基盤としての側面がある。だからこそ、それが国家によって「正しい形」に固定され、統治の道具として管理されたとき、人びとは政治的な息苦しさに加えて、自分たちの生活世界(注E)そのものを奪われる感覚を抱く。ここに、現在の反発の深い根があるように思える。

    この問題を「宗教と世俗の対立」として処理すると、かなり見誤る。焦点は宗教の有無よりも、生活に根ざしていた価値の体系が、国家によって独占的に定義され管理されることへの拒否にある。イランで起きていることは、他者によって固定された生き方への拒否として捉えることで、その深い部分が見えてくる。


    Ⅳ.国家の変化は「発展段階」ではなく「自己更新の様式」である

    この視点から見ると、イランの問題は「西洋化するか否か」という問いを越えて広がっている。問われているのは、外部との接触の中で、自らの文明的連続性を保ちながら、次の秩序を誰の手で選び直すのかという点である。

    西洋文明を上位に置き、地域文明がそこへ追いつくという構図(注F)よりも、どの社会にも固有の歴史の厚みと価値の配置があり、それをどう再編するかという視点の方が重要になる。

    その意味で、国家の変化は「成長の段階」よりも、自己更新の様式として見る方がいい。社会は、それぞれ異なる歴史の上で、外圧や技術や市場や軍事環境の変化に応じながら、自らの過去との連続性を保ちつつ、自らを組み替えていく。そこでは、何を採用したか以上に、誰の言葉で採用したかが決定的になる。

    特にイランやシーア派においてこの感覚が強く見えるのは、長い歴史と、イスラーム世界の中で少数派であり続けてきたシーア派としての記憶と、外部世界との深い接触が重なっているからだろう。外と関わり続けてきた社会は、傷も多くなるが、自画像もまた濃くなる。自分たちは何者かという問いを、他者と向き合うたびに更新してきたからである。

    だからこそ、未来の内容そのもの以上に、その未来を誰の手で始めるのかという問題が重くなる。


    Ⅴ.生活と身体から「誰が決めるのか」という問いへ

    デモや革命の核心も、おそらくここにある。人びとは最初から、自分たちの怒りの核心を明瞭に言葉にしているわけではない。多くの場合、先にあるのは息苦しさや屈辱や違和感であり、その正体はあとからようやく言葉になる。

    生活の苦しさも、その一つである。物価が上がり、通貨の価値が落ち、仕事や将来への不安が続けば、人びとはまず目の前の生活に苦しむ。その生活苦には、国内の政策や資源配分とともに、長年にわたるアメリカを中心とした経済制裁も重なってきた。金融取引や石油輸出などへの制約は外貨の獲得や通貨の価値に影響し、輸入品の価格や物価を通じて人びとの日常生活にまで及ぶ。その一方で、体制が選んできた対外政策や国内の資源配分も、生活の条件を左右してきた。外から加えられる圧力と国内で積み重ねられた選択が、同じ物価高や通貨安の中で重なって現れるのである。

    その状態が長く続くにつれて、問いは生活の結果から、その生活を生み出している社会のあり方へ向かっていく。なぜ自分たちはこのような生活をしているのか。この苦しさは外国から加えられたものなのか、それとも体制が選んできた政策から生まれたものなのか。この国は何を優先し、その負担を誰が引き受けているのか。苦しさの原因を誰に求めるのかという判断そのものが、社会のあり方を誰の言葉で理解するのかという問題につながっていく。

    ここで、1979年革命から積み重なってきた時間も別の意味を持ち始める。革命後、革命を守るために生まれた革命防衛隊は、イラン・イラク戦争(注4)後の復興事業を足場として経済活動を広げ、その建設部門であるハタム・アル・アンビヤ建設司令部(注5)は、建設やエネルギーなどの大規模事業を担う巨大な経済主体へ成長した。また、革命後に接収された資産などを基礎に拡大したボンヤド(注6)と呼ばれる財団群も、革命や宗教の大義と最高指導者の権威を背景に多くの企業を抱え、国家の経済資源の配分に大きな影響力を持つようになった。

    1979年には、自分たちの国を自分たちの手に取り戻すという要求が、多くの人びとを革命へ向かわせた。しかし四十年以上が過ぎるなかで、その革命を守り、革命後の再分配を担った組織が、経済の中枢にも位置するようになった。生活が苦しくなるほど、人びとの目には革命の意味も違った色で映り始める。自分たちが取り戻したはずの国家で、誰が資源を配り、誰が利益を受け、誰が負担を引き受けているのか。こうして生活苦は、「この国家は誰のために動いているのか」を人びとに意識させるようになる。

    2025年末に広がった抗議も、通貨の下落や物価高など生活に直接かかわる不満から始まった。その後、抗議は各地へ広がり、体制そのものへの批判を含む動きへ発展した。これに対して体制側は、治安部隊による発砲や大規模な逮捕などによって抗議を抑え込み、インターネットも広範に遮断した。生活の苦しさから始まった抗議は、やがて国のあり方や、人びとの異議をどう扱うのかを争う動きへ変わっていった。

    これとは異なる形で、2022年には、女性の服装規制をめぐる問題から大きな抗議が広がった。そこには服装の自由への要求とともに、国家が個人の身体や生活の細部にまで、宗教的に「正しい」と定めた形を求めることへの拒否も含まれていたように見える。信仰は人びとの暮らしの中に長く存在してきた。しかし、その信仰をどのように表すべきかまで国家が一つの形に固定すれば、問いは宗教の有無から、宗教を誰が定義するのかへ移っていく。なぜ身体の見え方の細部にまで、国家が正解を定めなければならないのか。服装をめぐる規制は、その問いがもっとも身近な身体の上に現れたものでもある。

    生活苦と服装規制は、表面上はまったく異なる問題である。一方では、制裁と国内の政策や資源配分が重なって日々の生活に及び、もう一方では国家による宗教の定義が身体の見え方の細部にまで及ぶ。二つに共通するのは、自分たちの生活を誰が決め、自分たちの生き方を誰が定義するのかという問題である。

    実際の抗議には、経済への不満、汚職への怒り、女性の権利、宗教強制への反発など、様々な要求がある。参加する人びとの立場も、望んでいる将来も一つではない。それでも、それぞれの苦しさや違和感を振り返っていくなかで、これ以上、自分たちの生を他者に定義されたくないという感覚が姿を現すことがある。

    人間は、自分の怒りの本質を最初から完全には理解していない。社会もまた同じである。生活や身体に現れた個々の不満が積み重なり、それまで当然のものとして背景に退いていた国家と人びとの関係が問い直される。そのとき初めて、「自分たちはこの社会の主語なのか」という問いが言葉を持ち始める。イランの抗議行動には、その流れが繰り返し現れているように思える。


    Ⅵ.外圧は空白を作れても、正統性までは作れない

    抗議とその抑え込みによって国内が揺れるなか、2026年、この問題は仮定ではなく現実のものになった。核開発や対イスラエル政策をめぐる対立を背景に、2月末からアメリカとイスラエルによる軍事攻撃が始まり、最高指導者アリー・ハメネイ(注7)も死亡した。外部から加えられた力は、イランの軍事力や体制中枢そのものを大きく揺さぶるところまで進んだ。

    それに対して体制側が選んだのは、強い連続性だった。攻撃開始から約一週間後、後継の最高指導者には息子のモジュタバ・ハメネイ(注8)が選ばれた。革命防衛隊をはじめとする既存の体制を支える組織も、大きな役割を担い続けている。制度上は世襲制ではないが、父から息子への継承は強い世襲色を帯びており、外から体制そのものを揺さぶられた局面で、既存秩序を維持する意思を強く示すものとなった。

    ここで、イランの人びとは難しい位置に置かれることになる。外部からは、軍事力によって現在の体制を変える力が加えられる。一方、国内では、その外圧に対抗するかたちで体制の維持が優先される。その二つの大きな力が向き合うほど、本来その先の社会を生きる人びと自身が、次のイランをどうするのかを選ぶ場面は後ろへ押しやられていく。

    外から体制を壊すことと、イラン社会が新しい秩序を自ら選ぶことは同じではない。同時に、「外国から国を守る」という理由によって、国内の一つの勢力が社会全体の主語を独占することも、その社会自身の選択とは区別して考える必要がある。

    ここに、外圧が持つ限界がある。軍事力は指導者を倒し、施設を破壊し、既存の秩序を弱めることができる。それでも、そのあとに何をつくるのか、誰を自分たちの代表として認めるのか、その秩序を自分たちのものとして引き受けられるのかという問題までは決められない。外圧は空白を作ることはできても、その空白を正統性で満たすことはできない。

    正統性は、その社会の内側で、その社会を生きる人びとの言葉によって作られていく。制度がどれほど合理的であっても、それが誰の顔で、誰の言葉で、誰の名において現れるのかによって、人びとの受け止め方は変わる。


    Ⅶ.結語:問うもの

    「次の時代を誰の手で始めるのか」である。

    イランが求めているものは、西洋化でも反西洋化でもないのだろう。また、単純な意味での世俗化でも、神権体制の強化でもないのだろう。

    問われているのは、自らの文明的連続性を失わずに、次の秩序を自ら選び直せるかどうかである。つまり核心にあるのは、制度の名称ではなく、変化の主語なのである。

    外から体制を変える力が加わり、内側では体制を維持する力が強まる現在だからこそ、この問いは以前よりも重くなっている。

    この社会は、次の時代を誰の手で始めるのか。

    イランをめぐる問いは、結局この一点に集約されるように思える。そしてその問いは、イランだけのものではない。外圧の中で社会を組み替えようとした多くの国や地域に通じる、人文科学的にきわめて重要な論点でもある。

    ※本稿は2026年8月時点の状況をもとにしています。


    この論点を日本近代に移すと、また別の輪郭が見えてくる。補論では、明治維新、朝鮮併合、そしてGHQ占領政策をこの視点から考える。


    注釈一覧

    (注1)

    パフラヴィー体制 1925年から1979年まで続いたイランの王政。レザー・シャーが創始し、その子モハンマド・レザー・シャーの代に革命によって終わりを迎えた。

    (注2)

    宗教法学者が国家指導の中心に立つ仕組み 1979年憲法で制度化された、イラン独自の統治の枠組み。宗教法学者による後見・統治を意味する語「ヴェラーヤテ・ファギーフ」で呼ばれ、最高指導者がこの仕組みの頂点に立つ。

    (注3)

    革命防衛隊 1979年の革命直後に、新体制を守る組織として創設された軍事組織。通常の国軍とは別に置かれ、のちに経済分野にも大きく活動を広げてきた。

    (注4)

    イラン・イラク戦争 1980年から1988年まで続いたイランとイラクの戦争。1979年の革命から間もない時期に始まり、8年間にわたって続いた。

    (注5)

    ハタム・アル・アンビヤ建設司令部 革命防衛隊の傘下にある建設部門。イラン・イラク戦争後の復興事業を足がかりに、建設やエネルギーなど幅広い分野へ事業を拡大してきた。

    (注6)

    ボンヤド 「財団」を意味する語。革命後に接収された旧体制関係者の資産などを基礎に設立され、宗教的・社会福祉的な大義を掲げながら、多様な企業や事業を抱える組織群を指す。

    (注7)

    アリー・ハメネイ 1989年から2026年までイランの最高指導者を務めた人物。ホメイニ師の後継として、革命体制の中心的な権威を担ってきた。

    (注8)

    モジュタバ・ハメネイ アリー・ハメネイの子。宗教指導者として活動し、革命防衛隊との強い関係を持つとされる。2026年3月、最高指導者を選出する専門家会議によって、父の後継となる最高指導者に選ばれた。

    (注A)

    社会の深い部分にある記憶 社会の記憶を、個人の頭の中に保存された過去としてではなく、人びとの関係や制度、儀礼、物語を通じて共有されるものとして捉える研究は、モーリス・アルヴァックスの「集合的記憶」の議論以来、社会学や歴史学で蓄積されてきた。集合的記憶は過去を保存するだけでなく、現在の社会が過去をどのように理解し、そこから自分たちをどう位置づけるかにも関わる。本稿が、誇りや屈辱、信仰、歴史の記憶を現在の政治的選択とつながるものとして見る視点も、この議論と接点を持つ。

    (注B)

    正統性 支配が強制力だけでなく、支配される側からその秩序を正当なものとして認められることによって成り立つという視点は、マックス・ヴェーバー以来、政治社会学の重要な論点であり続けている。その後も、制度が法的に成立していることと、人びとがその秩序を自らのものとして承認することは区別して論じられてきた。本稿でいう「誰の言葉で語られるか」「誰を代表として認めるか」という問いも、この正統性の問題と重なる。

    (注C)

    変化の主語 近代以降の自己決定をめぐる議論では、どのような制度を選ぶかだけでなく、その政治的決定を誰が行うのかが重要な問題とされてきた。とりわけ植民地支配からの独立や革命をめぐる議論では、外部から与えられた制度と、社会の内部から形成された政治秩序は、同じ制度内容であっても異なる意味を持つ。本稿で「変化の中身」より「変化の主語」を問うのは、この自己決定と政治的主体をめぐる問題意識と重なる。

    (注D)

    生きられた文化の一部 宗教研究では、宗教を教典や聖職者、制度だけから捉えるのではなく、人びとが日常生活のなかで実際にどのように信仰を経験し、儀礼や家族関係、身体感覚、記憶と結びつけているかを見る「生きられた宗教」という視点が発展してきた。ロバート・オーシーやメレディス・マクガイアらの研究は、この研究潮流の代表例として挙げられる。本稿でシーア派を教義だけでなく、悲しみ、儀礼、家族、時間感覚と結びついた生活文化として見る視点も、この研究と接点を持つ。

    (注E)

    生活世界 「生活世界」は、人びとが日常生活のなかで共有している常識、文化、慣習、意味のまとまりを捉えるために使われてきた概念である。ユルゲン・ハーバーマスは、人びとが共有された意味を通じて関係を築く領域として生活世界を捉え、行政や市場などのシステムの論理がそこへ過度に入り込む問題を論じた。本稿でいう、生活に根ざした信仰や価値が国家によって一つの「正しい形」に固定されることへの違和感も、制度と生活世界の関係をめぐる問題として読むことができる。

    (注F)

    地域文明がそこへ追いつくという構図 第二次世界大戦後の近代化論では、工業化や都市化、教育の普及などを通じて、諸社会が西欧型の近代へ近づいていくという見方が大きな影響力を持った。これに対し、S・N・アイゼンシュタットらの「複数近代性」は、近代化によって社会の違いが消えるのではなく、それぞれの宗教、歴史、政治文化との組み合わせによって異なる近代が形成されると考える。本稿が「何を取り入れたか」だけでなく「誰の言葉で取り入れたか」を重視する視点も、この問題意識と接点を持つ。