カテゴリー: 外交・安全保障

  • 日米新時代の「エネルギー・ディール」

    ー太平洋エネルギー回廊は始まるのかー

    はじめに

    今回の日米合意は、まず*87兆円(5,500億ドル)
    という数字の大きさだけが先に注目されがちである。
    だが、この合意をそれだけで読むと、肝心の構造を見失う。

    実際には、
    安全保障
    国際情勢
    巨大な対米投資の第2弾

    石油の共同備蓄
    重要鉱物をめぐる脱中国戦略
    科学技術・宇宙・AI
    という、複数の論点が同時に動いている。

    3月19日の首脳会談でも、
    エネルギーの安定供給
    重要鉱物
    AIを含む先端技術分野での日米協力強化
    が確認され、その中で第2次案件と重要鉱物関連文書が示された。

    もっとも、本稿ですべてを同じ重さで扱うつもりはない。

    とくに注視したいのは、
    対米投資の第2弾
    重要鉱物
    石油の共同備蓄
    の三つである。

    なぜなら、今回の合意の実質は、
    この三つを見ることでかなり見えてくるからだ。

    以下では、まず安全保障上の土台を確認し、
    そのうえで投資、鉱物、共同備蓄を順に見ていく。

    最後に、第一次案件も含めて「87兆円」という枠の意味を整理し、
    日米が太平洋側で何を組み替えようとしているのかを考えたい。

    ※本稿の円換算は、87兆円=5,500億ドルを基準にした概算であり、現在価値換算ではない。


    1.安全保障・国際情勢

    今回の合意の土台にあるのは、
    中東情勢の不安定化と、それに伴うエネルギー供給不安である。

    日本は原油の約9割超を中東に依存しており、
    資源エネルギー庁も、ホルムズ海峡を含む中東情勢の不安定化が
    日本のエネルギー安全保障に大きな影響を与えると説明している。

    つまり、今回の協力は経済案件に見えても、
    その根にはエネルギー安全保障上の脆弱性がある。

    その意味で、今回の日米協力は単なる経済取引ではない。
    エネルギーの調達先
    備蓄の置き方
    重要鉱物の供給網
    AI時代の電力基盤
    まで含めて、日米がどこまで相互依存を深めるか
    という安全保障上の再設計でもある。

    首脳会談概要でも、両首脳は
    エネルギーの安定供給
    重要鉱物
    AIを含む先端技術分野
    での協力強化で一致している。


    2.巨大な「対米投資」の第2弾

    そのうえで、今回もっとも目を引いたのが、
    第2次案件として公表されたエネルギー投資である。

    3月19日の共同発表では、
    テネシー州・アラバマ州でのSMR建設
    ペンシルベニア州での天然ガス発電施設建設
    テキサス州での天然ガス発電施設建設が示された。

    金額はそれぞれ
    約6.3兆円(400億ドル)
    約2.7兆円(170億ドル)
    約2.5兆円(160億ドル)
    で、合計約11.5兆円(730億ドル)である。

    ここで重要なのは、これが単なる発電案件ではないということだ。

    共同発表では、SMRは次世代の安定電源として、
    二つの天然ガス案件は急増する電力需要への対応と
    戦略分野の供給網強化に資すると位置づけられている。

    しかも、その電力供給先には隣接するデータセンターも含まれる。
    つまり第2次案件の中心にあるのは、
    エネルギーそのものというより、
    AI時代の産業基盤をどう支えるかという問題である。


    3.重要鉱物(レアアース・リチウム)の「脱・中国」戦略

    しかし、今回の首脳会談をエネルギー投資だけで理解するのは不十分である。

    同時に進んでいるのが、重要鉱物をめぐる供給網の再編だからだ。
    首脳会談概要では、具体的な重要鉱物プロジェクト協力や、
    南鳥島周辺海域のレアアース泥を含む海洋鉱物資源開発
    に関する協力文書の取りまとめが歓迎されている。

    この文脈での焦点は、単に「資源があるかどうか」ではない。

    重要鉱物サプライチェーン強靱性のための日米アクションプランでは、
    通商措置
    地質マッピング
    危機時対応
    研究開発
    協調備蓄
    経済的威圧への対応
    など幅広い協力が示されている。

    深海鉱物資源開発の協力覚書でも、日米作業部会の設置と、
    南鳥島近海のレアアース泥プロジェクトに関する情報共有が明記されている。

    つまり第三の論点は、レアアースやリチウムを含む資源外交を通じて、
    対中依存の強い供給網をどこまで組み替えられるかという点にある。


    4.石油の共同備蓄

    そして、今回の合意の中で静かに重要なのが、
    日本国内での米国産原油の共同備蓄という構想である。

    首脳会談概要では、
    高市総理が、日本およびアジアの原油調達需要を念頭に、
    日本国内で米国から調達した原油を備蓄する共同イニシアティブ
    を実現したいと述べたことが記されている。

    これは第2次案件のような確定投資ではないが、戦略的な意味は小さくない。

    なぜなら、ここで問われているのは「どこから買うか」だけではなく、
    「どこに置いておくか」まで含めた安全保障だからである。

    中東依存の高い従来の構造では、
    海峡封鎖や航路リスクがそのまま供給不安につながる。

    これに対して、日本国内に米国産原油の備蓄拠点を持つという発想は、
    単なる輸入先の分散ではなく、
    有事に備えた物理的な盾を持つという意味を持つ。

    今回の日米協力は、「買う」「投資する」だけでなく、
    「備える」という段階にまで踏み込んでいる。

    ここまで見てくると、今回動いているものは、ばらばらの政策ではない。

    米国での発電投資
    重要鉱物の供給網再編
    日本国内での共同備蓄

    これらを一つの流れとして見れば、日米は太平洋を軸に、
    エネルギー、資源、先端産業の接続を組み替えようとしている。

    本稿では、この全体像を「太平洋エネルギー回廊」と呼ぶ。
    公式名称ではなく、本稿の整理概念である。


    5.第一次決定の振り返りと87兆円という枠の意味

    ここで、いったん数字そのものの意味に戻っておきたい。
    今回の合意は87兆円(5,500億ドル)という巨大な金額で語られがちだが、
    これをそのまま「政府が埋めることの確定した支出額」
    と受け取るのは正確ではない。

    MOUでは、投資は2029年1月19日までの間に随時行われ、
    特定日時までに清算・処分する義務はないとされている。

    投資先の選定は米国大統領が行い、投資委員会は米商務長官が議長を務める。
    さらに内閣官房の概要図では、この枠はJBICの出融資と、
    NEXI保証付きの民間融資を通じて支えられる構造として示されている。

    要するに、これは完成した支払額というより、
    米国主導で運用される巨大な投融資の「枠」として読む方が実態に近い。

    第一次案件を円で見れば、その性格はさらに分かりやすい。

    2月18日に公表された第一陣は、
    工業用人工ダイヤ約950億円(6億ドル)
    米国産原油の輸出インフラ約3,300億円(21億ドル)
    ガス火力約5.3兆円(333億ドル)
    合計は約5.7兆円(360億ドル)だった。

    これは87兆円全体の約6.5%にすぎない。

    つまり、第一次案件は巨大な枠のごく初期部分であり、
    あの時点で全体の中身が決まっていたわけではない。

    今回の第2次案件は約11.5兆円(730億ドル)規模となる。
    第一次と第2次を合わせると約17.2兆円、全体の約2割弱である。

    逆に言えば、なお約8割が未具体化のまま残っている。

    ここで見えてくるのは、
    87兆円という数字が、すでに埋まった実績ではなく、
    まだ大きな余白を残した交渉枠だということだ。

    その意味で、この87兆円という数字は、
    トランプ大統領にとってはまず「ディールの成果」を示す看板として機能する。
    だが日本側から見ると、これは最初から全てが埋まった完成形ではない。

    実務上は、
    案件をどう積み上げ
    どの条件で進め
    どこまで日本側の利益や安全保障と結びつけられるか
    がなお残されている。

    もちろん楽観はできない。
    主導権の重心は明らかに米国側にある。
    だが、それでもこの枠を「もう埋まることが確定した支払い」と見るのも早い。

    少なくとも現時点で言えるのは、87兆円という数字のなお約8割が、
    未具体化のまま残っているということである。


    6.歴史的意義

    受け身の負担から
    「太平洋エネルギー回廊」を提案する外交へ

    1990年から1991年の湾岸危機で、
    日本は約2.1兆円(130億ドル)の資金協力を行った。

    外務省の記録でも、この経験は日本外交にとって大きな試練であり、
    日本の国際貢献のあり方を問い直す契機になったと整理されている。
    危機が起きた後に資金を出すだけでは、
    日本の主体性は十分に見えにくかったという記憶が、そこには残っている。

    当時の日本では、自衛隊の派遣をめぐる議論が大きく揺れた。
    艦船を出すべきか否かという問いに対して、
    反対論はあっても、それに代わる具体的な対案は十分に示されず、
    最終的には資金拠出という形で日本の対応が語られることになった。

    湾岸危機への対応としては、最終的にペルシャ湾への掃海艇派遣も行われたが、
    そこに至るまでの国内政治の揺れもまた、日本外交の制約を映していた。

    それと比べると、今回の首脳会談には性格の違う点がある。

    3月19日の会談概要では、
    日本側は中東情勢の緊張とエネルギー供給不安を踏まえ、
    米国由来エネルギーの生産拡大で協力したいことに加え、
    日本国内で米国から調達した原油を備蓄する共同イニシアティブ
    を実現したいと表明している。

    これは、相手から示された条件に後から応じるだけではなく、
    日本側から市場安定化の枠組みを提案したという点で意味がある。

    少なくとも構図としては、「言われてから払う」外交から、
    「制約の中でも提案を持ち込む」外交へ、一歩前に出ている。

    今回、日本側が差し込んだのは、単なる金額ではない。

    米国での
    発電投資
    重要鉱物の供給網協力
    日本国内での共同備蓄
    という三つを通じて

    太平洋を軸にエネルギーと資源の流れを組み替える発想である。
    本稿で言う「太平洋エネルギー回廊」とは、この構想のことである。

    それは、危機が起きてから負担を引き受けるだけではなく、
    危機が起きたときに市場と供給網をどう持ちこたえさせるか
    を先に設計しようとする試みでもある。

    これは公式用語ではなく、本稿の解釈上の整理概念だが、
    今回の三つの主要論点を一つの線で結ぶには有効だと考える。

    もちろん、これを過大評価する必要はない。

    主導権の重心が米国側にあること自体は変わっていないし、
    共同備蓄も現時点では構想段階である。

    だが、それでも今回の交渉が、単に巨額の数字を受け入れるだけで終わらず、
    日本側の提案によってエネルギー安全保障の具体策を含む形に前進した
    ことは見てよい。

    湾岸危機の時代が「危機の後でどう負担するか」
    を問われた時代だったとすれば、

    今回は「危機が来る前に何を備えるか」
    を提案し始めた局面だと読むことができる。

    その意味で、今回の歴史的意義は、受け身の負担から、
    「太平洋エネルギー回廊」を提案する外交への小さくない転位にある。


    7.反対論と留保

    もっとも、今回の日米合意を前向きに読むとしても、
    そこに懸念がないわけではない。

    むしろ、これだけ大きな枠組みである以上、どこにリスクがあり、
    どこで反発が生まれうるのかを先に見ておく必要がある。

    論点は大きく三つある。
    米国国内における政治的・環境的リスク
    日本国内における空洞化への懸念
    そして安全保障における依存と裁量の問いである。


    第一に、米国国内における政治的・環境的リスク

    第一の論点は、
    米国内部でこの構想がどこまで安定的に支持されるのかという問題である。

    天然ガスや原子力を含む大型エネルギー案件は、
    雇用や産業基盤の強化として歓迎される一方で、
    環境負荷や化石燃料依存の固定化として批判される余地も大きい。

    政権が変われば優先順位も変わりうる以上、
    日本にとって有効に見える案件であっても、
    米国内の政争や規制環境の変化によって将来的な不確実性を抱える可能性がある。


    第二に、日本国内における「空洞化」への懸念

    第二の論点は、対米投資の拡大が
    そのまま日本国内の産業基盤の弱体化につながらないかという懸念である。

    対米投資それ自体が直ちに悪いわけではない。

    問題は、その投資が日本企業の受注や技術参加を伴う外向き展開なのか、
    それとも国内の設備投資、研究開発、人材育成を削ってまで進む外部移転
    なのかという点にある。

    もし後者に傾けば、この構想は安全保障の強化であると同時に、
    日本国内の空洞化を進める装置にもなりうる。


    第三に、安全保障における「依存と裁量」の問い

    第三の論点は、日米協力が深まるほど、
    日本はどこまで自らの裁量を保てるのかという問題である。

    今回の枠組みでは、
    投資先の選定や制度運営の主導権は明らかに米国側へ寄っている。

    その中で日本がエネルギーや資源の安定供給を得るとしても、
    それが単なる相互依存にとどまるのか、
    それとも意思決定の自由度を狭める依存へ傾くのかは、
    今後の重要な争点になる。

    安全保障協力は、深まれば深まるほど自動的に強くなるわけではない。
    どこまで依存し、どこで裁量を残すのか。
    その線引きが、ここでは問われている。


    したがって、今回の合意は、単純に「前進」とだけ呼べるものではない。

    そこには、
    米国側の内政リスク
    日本側の産業基盤
    安全保障上の裁量という
    それぞれ性格の異なる留保が存在している。

    この構想をどう評価するかは、こうしたリスクを踏まえたうえで、
    今後どこまで日本が自国の利益と裁量を確保できるかにかかっている。


    結論

    今回の日米交渉で注目すべきなのは、
    日本が危機時に自ら提案を持ち込み、
    米国側もそこに双方の利益を見いだした点である。

    対米投資についても、単に米国のための案件として受け入れるのではなく、
    日本側にも意味のある形へ寄せようとする姿勢が確認できた。

    さらに、エネルギーや資源の調達を、特定地域や特定国への集中依存から、
    多角的な確保へと動かし始めた点も小さくない。

    もちろん、この構想には反論や留保が残る。
    主導権の重心はなお米国側にあり、
    国内空洞化や依存の深まりへの懸念も消えてはいない。

    それでもなお、今回の交渉は、ただ条件を受け入れるだけではなく、
    日本側が自らの意思を示し、具体的な提案を通じて
    枠組みを少しでも前に進めようとした局面だったと言ってよい。

    今回は、危機の前に何を備えるかという別の選択肢を、日本側が自ら提示した。

    この違いは小さくない。
    湾岸危機の時代が「危機の後でどう負担するか」を問われた時代
    だったとすれば、今回は「危機が来る前に何を備えるか」
    を提案し始めた局面である。

    その意味で、今回の合意は、なお多くの留保を抱えながらも、
    歴史的意義と呼ぶに足るだけの日本の意思を示したと評価できる。


    本稿の見方を支える外交交渉の基本的な物差しは、補論「外交の流儀」で補った。


    参考資料

    本稿は、以下の公的資料を主に参照して作成した。

  • 日本人から見たイランー変化の中身ではなく、変化の主語を問うー

    Ⅰ.「宗教か世俗か」では捉えきれないもの

    イラン情勢は、宗教、独裁、デモ、アメリカ、イスラエルといった強い言葉で語られやすい。そのため議論もつい、「宗教か世俗か」「親米か反米か」「民主化か独裁か」といった分かりやすい対立に整理されがちである。

    もちろん、そうした軸も重要であり、政治の構図を捉える手がかりになる。その奥には、人びとが長い時間をかけて積み重ねてきた感覚の層がある。

    本稿で人文科学的視点を重視するのは、歴史を制度や事件の断片としてではなく、その社会を生きる人びとが積み重ねてきた長い物語として読むためである。政権が変わり、制度が変わり、登場人物が入れ替わっても、人びとは同じ社会が積み重ねてきた物語の続きを生きている。社会の深い部分にある記憶(注A)、価値観、信仰、誇り、屈辱の感覚が人びとの中に沈殿し続けるからこそ、歴史は断絶と連続の両方から読むことができる。

    ページは変わる。だが、人びとが何を侮辱と感じ、何を正統と感じ、何を守ろうとするのかという深い部分は、長い時間を通じて持続する。この視点を入れることで、革命、反発、制度の硬直、外圧への拒絶は、ばらばらの事件ではなく、人びとが生きてきた同じ歴史の別の場面として読み直すことができる。この視点が弱いと、歴史は点の集まりに崩れ、制度だけが動くか、感情だけが騒ぐかのどちらかに傾きやすい。

    イランを考えるうえでは、何を選ぶかと同時に、その変化を誰の手で選ぶのかが重要になる。この問いを置くことで、イラン革命も、現在の抗議も、体制への反発も、一つの歴史の流れとして見えてくる。本稿では、イランをめぐる問題を、宗教と世俗、西洋化と反西洋化といった対立軸を越えて、主体性と正統性(注B)の問題として考えてみたい。そこに見えてくるのは、制度の中身以上に、変化の主語そのもの(注C)が問われているという構図である。


    Ⅱ.1979年革命が拒絶したもの

    1979年のイラン革命は、しばしば「反西洋」や「近代化への反動」として語られてきた。しかし、その見方だけでは革命に集まった不満の広がりを捉えきれない。

    革命前のパフラヴィー体制(注1)は、アメリカを中心とする西側諸国との関係を深めながら、国家主導で急速な近代化を進めていた。経済、教育、産業、生活のあり方まで大きく組み替えられ、その変化は都市化や産業化を進める一方で、イラン社会が長い時間をかけて育んできた価値の配置や生活の感覚との摩擦も生んだ。さらに、アメリカとの強い結びつきは、自分たちの国がどこへ向かうのかという大きな選択が、人びとの生活や言葉から離れたところで決められているという感覚を強めていった。

    人びとの反発は、まず近代化の内容に向かった。しかしその根底には、自分たちの社会がどのように変わるのか、その方向を誰が決めるのかという問題があった。急速な変化によって生活の形が組み替えられるなかで、社会の主導権そのものが問われるようになったのである。そこから、自分たちの歴史、自分たちの言葉、自分たちの価値の配置の中から、次の秩序を選び直そうとする動きが広がっていった。

    だからこそ、革命には様々な立場の人たちが参加した。宗教勢力に加え、自由主義者、民族主義者、左派、学生、商人など、それぞれ異なる思想や利害を持つ人びとが王政に反発していた。その先に思い描く国家の姿には大きな違いがあったが、自分たちの国のあり方を自分たちの手に取り戻したいという要求が、異なる勢力を一つの革命へ集める力になった。

    革命が成功すると、問いは次の段階へ移った。取り戻した「自分たち」という主語を、誰が代表するのかという問題である。革命後の政治過程では宗教政治勢力が次第に主導権を握り、憲法制定を通じて宗教法学者が国家指導の中心に立つ仕組み(注2)が制度化された。宗教法学者が国家統治の中心に立つこの仕組みは、シーア派の長い歴史の中でも大きな転換を伴う、新しい統治の設計だった。革命後に創設された革命防衛隊(注3)も、新しい体制を守る組織として力を持つようになった。

    こうして、外部との関係のなかで失われたと感じられていた主導権を取り戻す運動は、革命後には、誰が「イラン」を語り、誰が「革命」を語り、誰が「国民」を代表するのかという国内の問題へ移っていった。革命が取り戻そうとした「自分たち」という主語が、誰の手に集まり、どのような形で社会全体を代表するようになったのかという問いは、その後のイスラム共和国の統治と、現在の反発を考えるうえでも重要になる。


    Ⅲ.生活に染み込んだシーア派と、国家による「正しい形」

    この構図は、現在のイラン国内で噴き出している不満や抗議にも通じている。今日の反発を単純に「宗教が嫌だ」という話として理解すると、本質を外す。

    人びとの反発が強く向かっているのは、国家が唯一の正解として固定し、上から塗り固めた価値体系の方ではないか。問題の中心には、宗教そのものよりも、宗教が統治技術として硬化したことがある。

    シーア派は、人びとの生活に深く溶け込んできた。それは共同体の記憶、悲しみ、儀礼、家族、時間感覚と結びついた、生きられた文化の一部(注D)でもある。人びとの暮らしの中に浸透し、心の芯に触れるような層を持っている。そこでは宗教は、生活と不可分な精神の織物として人びとの日常に存在してきた。

    この点は、日本人にもある程度感覚的に理解しやすいかもしれない。日本における神社や祭礼、祖先観、年中行事の多くは、厳格な教義として信じられる以前に、生活の一部として息づいている。それは思想として切り分けられる前に、暮らしの中に編み込まれている。

    イランにおけるシーア派にも、そうした生活に染み込んだ文明的基盤としての側面がある。だからこそ、それが国家によって「正しい形」に固定され、統治の道具として管理されたとき、人びとは政治的な息苦しさに加えて、自分たちの生活世界(注E)そのものを奪われる感覚を抱く。ここに、現在の反発の深い根があるように思える。

    この問題を「宗教と世俗の対立」として処理すると、かなり見誤る。焦点は宗教の有無よりも、生活に根ざしていた価値の体系が、国家によって独占的に定義され管理されることへの拒否にある。イランで起きていることは、他者によって固定された生き方への拒否として捉えることで、その深い部分が見えてくる。


    Ⅳ.国家の変化は「発展段階」ではなく「自己更新の様式」である

    この視点から見ると、イランの問題は「西洋化するか否か」という問いを越えて広がっている。問われているのは、外部との接触の中で、自らの文明的連続性を保ちながら、次の秩序を誰の手で選び直すのかという点である。

    西洋文明を上位に置き、地域文明がそこへ追いつくという構図(注F)よりも、どの社会にも固有の歴史の厚みと価値の配置があり、それをどう再編するかという視点の方が重要になる。

    その意味で、国家の変化は「成長の段階」よりも、自己更新の様式として見る方がいい。社会は、それぞれ異なる歴史の上で、外圧や技術や市場や軍事環境の変化に応じながら、自らの過去との連続性を保ちつつ、自らを組み替えていく。そこでは、何を採用したか以上に、誰の言葉で採用したかが決定的になる。

    特にイランやシーア派においてこの感覚が強く見えるのは、長い歴史と、イスラーム世界の中で少数派であり続けてきたシーア派としての記憶と、外部世界との深い接触が重なっているからだろう。外と関わり続けてきた社会は、傷も多くなるが、自画像もまた濃くなる。自分たちは何者かという問いを、他者と向き合うたびに更新してきたからである。

    だからこそ、未来の内容そのもの以上に、その未来を誰の手で始めるのかという問題が重くなる。


    Ⅴ.生活と身体から「誰が決めるのか」という問いへ

    デモや革命の核心も、おそらくここにある。人びとは最初から、自分たちの怒りの核心を明瞭に言葉にしているわけではない。多くの場合、先にあるのは息苦しさや屈辱や違和感であり、その正体はあとからようやく言葉になる。

    生活の苦しさも、その一つである。物価が上がり、通貨の価値が落ち、仕事や将来への不安が続けば、人びとはまず目の前の生活に苦しむ。その生活苦には、国内の政策や資源配分とともに、長年にわたるアメリカを中心とした経済制裁も重なってきた。金融取引や石油輸出などへの制約は外貨の獲得や通貨の価値に影響し、輸入品の価格や物価を通じて人びとの日常生活にまで及ぶ。その一方で、体制が選んできた対外政策や国内の資源配分も、生活の条件を左右してきた。外から加えられる圧力と国内で積み重ねられた選択が、同じ物価高や通貨安の中で重なって現れるのである。

    その状態が長く続くにつれて、問いは生活の結果から、その生活を生み出している社会のあり方へ向かっていく。なぜ自分たちはこのような生活をしているのか。この苦しさは外国から加えられたものなのか、それとも体制が選んできた政策から生まれたものなのか。この国は何を優先し、その負担を誰が引き受けているのか。苦しさの原因を誰に求めるのかという判断そのものが、社会のあり方を誰の言葉で理解するのかという問題につながっていく。

    ここで、1979年革命から積み重なってきた時間も別の意味を持ち始める。革命後、革命を守るために生まれた革命防衛隊は、イラン・イラク戦争(注4)後の復興事業を足場として経済活動を広げ、その建設部門であるハタム・アル・アンビヤ建設司令部(注5)は、建設やエネルギーなどの大規模事業を担う巨大な経済主体へ成長した。また、革命後に接収された資産などを基礎に拡大したボンヤド(注6)と呼ばれる財団群も、革命や宗教の大義と最高指導者の権威を背景に多くの企業を抱え、国家の経済資源の配分に大きな影響力を持つようになった。

    1979年には、自分たちの国を自分たちの手に取り戻すという要求が、多くの人びとを革命へ向かわせた。しかし四十年以上が過ぎるなかで、その革命を守り、革命後の再分配を担った組織が、経済の中枢にも位置するようになった。生活が苦しくなるほど、人びとの目には革命の意味も違った色で映り始める。自分たちが取り戻したはずの国家で、誰が資源を配り、誰が利益を受け、誰が負担を引き受けているのか。こうして生活苦は、「この国家は誰のために動いているのか」を人びとに意識させるようになる。

    2025年末に広がった抗議も、通貨の下落や物価高など生活に直接かかわる不満から始まった。その後、抗議は各地へ広がり、体制そのものへの批判を含む動きへ発展した。これに対して体制側は、治安部隊による発砲や大規模な逮捕などによって抗議を抑え込み、インターネットも広範に遮断した。生活の苦しさから始まった抗議は、やがて国のあり方や、人びとの異議をどう扱うのかを争う動きへ変わっていった。

    これとは異なる形で、2022年には、女性の服装規制をめぐる問題から大きな抗議が広がった。そこには服装の自由への要求とともに、国家が個人の身体や生活の細部にまで、宗教的に「正しい」と定めた形を求めることへの拒否も含まれていたように見える。信仰は人びとの暮らしの中に長く存在してきた。しかし、その信仰をどのように表すべきかまで国家が一つの形に固定すれば、問いは宗教の有無から、宗教を誰が定義するのかへ移っていく。なぜ身体の見え方の細部にまで、国家が正解を定めなければならないのか。服装をめぐる規制は、その問いがもっとも身近な身体の上に現れたものでもある。

    生活苦と服装規制は、表面上はまったく異なる問題である。一方では、制裁と国内の政策や資源配分が重なって日々の生活に及び、もう一方では国家による宗教の定義が身体の見え方の細部にまで及ぶ。二つに共通するのは、自分たちの生活を誰が決め、自分たちの生き方を誰が定義するのかという問題である。

    実際の抗議には、経済への不満、汚職への怒り、女性の権利、宗教強制への反発など、様々な要求がある。参加する人びとの立場も、望んでいる将来も一つではない。それでも、それぞれの苦しさや違和感を振り返っていくなかで、これ以上、自分たちの生を他者に定義されたくないという感覚が姿を現すことがある。

    人間は、自分の怒りの本質を最初から完全には理解していない。社会もまた同じである。生活や身体に現れた個々の不満が積み重なり、それまで当然のものとして背景に退いていた国家と人びとの関係が問い直される。そのとき初めて、「自分たちはこの社会の主語なのか」という問いが言葉を持ち始める。イランの抗議行動には、その流れが繰り返し現れているように思える。


    Ⅵ.外圧は空白を作れても、正統性までは作れない

    抗議とその抑え込みによって国内が揺れるなか、2026年、この問題は仮定ではなく現実のものになった。核開発や対イスラエル政策をめぐる対立を背景に、2月末からアメリカとイスラエルによる軍事攻撃が始まり、最高指導者アリー・ハメネイ(注7)も死亡した。外部から加えられた力は、イランの軍事力や体制中枢そのものを大きく揺さぶるところまで進んだ。

    それに対して体制側が選んだのは、強い連続性だった。攻撃開始から約一週間後、後継の最高指導者には息子のモジュタバ・ハメネイ(注8)が選ばれた。革命防衛隊をはじめとする既存の体制を支える組織も、大きな役割を担い続けている。制度上は世襲制ではないが、父から息子への継承は強い世襲色を帯びており、外から体制そのものを揺さぶられた局面で、既存秩序を維持する意思を強く示すものとなった。

    ここで、イランの人びとは難しい位置に置かれることになる。外部からは、軍事力によって現在の体制を変える力が加えられる。一方、国内では、その外圧に対抗するかたちで体制の維持が優先される。その二つの大きな力が向き合うほど、本来その先の社会を生きる人びと自身が、次のイランをどうするのかを選ぶ場面は後ろへ押しやられていく。

    外から体制を壊すことと、イラン社会が新しい秩序を自ら選ぶことは同じではない。同時に、「外国から国を守る」という理由によって、国内の一つの勢力が社会全体の主語を独占することも、その社会自身の選択とは区別して考える必要がある。

    ここに、外圧が持つ限界がある。軍事力は指導者を倒し、施設を破壊し、既存の秩序を弱めることができる。それでも、そのあとに何をつくるのか、誰を自分たちの代表として認めるのか、その秩序を自分たちのものとして引き受けられるのかという問題までは決められない。外圧は空白を作ることはできても、その空白を正統性で満たすことはできない。

    正統性は、その社会の内側で、その社会を生きる人びとの言葉によって作られていく。制度がどれほど合理的であっても、それが誰の顔で、誰の言葉で、誰の名において現れるのかによって、人びとの受け止め方は変わる。


    Ⅶ.結語:問うもの

    「次の時代を誰の手で始めるのか」である。

    イランが求めているものは、西洋化でも反西洋化でもないのだろう。また、単純な意味での世俗化でも、神権体制の強化でもないのだろう。

    問われているのは、自らの文明的連続性を失わずに、次の秩序を自ら選び直せるかどうかである。つまり核心にあるのは、制度の名称ではなく、変化の主語なのである。

    外から体制を変える力が加わり、内側では体制を維持する力が強まる現在だからこそ、この問いは以前よりも重くなっている。

    この社会は、次の時代を誰の手で始めるのか。

    イランをめぐる問いは、結局この一点に集約されるように思える。そしてその問いは、イランだけのものではない。外圧の中で社会を組み替えようとした多くの国や地域に通じる、人文科学的にきわめて重要な論点でもある。

    ※本稿は2026年8月時点の状況をもとにしています。


    この論点を日本近代に移すと、また別の輪郭が見えてくる。補論では、明治維新、朝鮮併合、そしてGHQ占領政策をこの視点から考える。


    注釈一覧

    (注1)

    パフラヴィー体制 1925年から1979年まで続いたイランの王政。レザー・シャーが創始し、その子モハンマド・レザー・シャーの代に革命によって終わりを迎えた。

    (注2)

    宗教法学者が国家指導の中心に立つ仕組み 1979年憲法で制度化された、イラン独自の統治の枠組み。宗教法学者による後見・統治を意味する語「ヴェラーヤテ・ファギーフ」で呼ばれ、最高指導者がこの仕組みの頂点に立つ。

    (注3)

    革命防衛隊 1979年の革命直後に、新体制を守る組織として創設された軍事組織。通常の国軍とは別に置かれ、のちに経済分野にも大きく活動を広げてきた。

    (注4)

    イラン・イラク戦争 1980年から1988年まで続いたイランとイラクの戦争。1979年の革命から間もない時期に始まり、8年間にわたって続いた。

    (注5)

    ハタム・アル・アンビヤ建設司令部 革命防衛隊の傘下にある建設部門。イラン・イラク戦争後の復興事業を足がかりに、建設やエネルギーなど幅広い分野へ事業を拡大してきた。

    (注6)

    ボンヤド 「財団」を意味する語。革命後に接収された旧体制関係者の資産などを基礎に設立され、宗教的・社会福祉的な大義を掲げながら、多様な企業や事業を抱える組織群を指す。

    (注7)

    アリー・ハメネイ 1989年から2026年までイランの最高指導者を務めた人物。ホメイニ師の後継として、革命体制の中心的な権威を担ってきた。

    (注8)

    モジュタバ・ハメネイ アリー・ハメネイの子。宗教指導者として活動し、革命防衛隊との強い関係を持つとされる。2026年3月、最高指導者を選出する専門家会議によって、父の後継となる最高指導者に選ばれた。

    (注A)

    社会の深い部分にある記憶 社会の記憶を、個人の頭の中に保存された過去としてではなく、人びとの関係や制度、儀礼、物語を通じて共有されるものとして捉える研究は、モーリス・アルヴァックスの「集合的記憶」の議論以来、社会学や歴史学で蓄積されてきた。集合的記憶は過去を保存するだけでなく、現在の社会が過去をどのように理解し、そこから自分たちをどう位置づけるかにも関わる。本稿が、誇りや屈辱、信仰、歴史の記憶を現在の政治的選択とつながるものとして見る視点も、この議論と接点を持つ。

    (注B)

    正統性 支配が強制力だけでなく、支配される側からその秩序を正当なものとして認められることによって成り立つという視点は、マックス・ヴェーバー以来、政治社会学の重要な論点であり続けている。その後も、制度が法的に成立していることと、人びとがその秩序を自らのものとして承認することは区別して論じられてきた。本稿でいう「誰の言葉で語られるか」「誰を代表として認めるか」という問いも、この正統性の問題と重なる。

    (注C)

    変化の主語 近代以降の自己決定をめぐる議論では、どのような制度を選ぶかだけでなく、その政治的決定を誰が行うのかが重要な問題とされてきた。とりわけ植民地支配からの独立や革命をめぐる議論では、外部から与えられた制度と、社会の内部から形成された政治秩序は、同じ制度内容であっても異なる意味を持つ。本稿で「変化の中身」より「変化の主語」を問うのは、この自己決定と政治的主体をめぐる問題意識と重なる。

    (注D)

    生きられた文化の一部 宗教研究では、宗教を教典や聖職者、制度だけから捉えるのではなく、人びとが日常生活のなかで実際にどのように信仰を経験し、儀礼や家族関係、身体感覚、記憶と結びつけているかを見る「生きられた宗教」という視点が発展してきた。ロバート・オーシーやメレディス・マクガイアらの研究は、この研究潮流の代表例として挙げられる。本稿でシーア派を教義だけでなく、悲しみ、儀礼、家族、時間感覚と結びついた生活文化として見る視点も、この研究と接点を持つ。

    (注E)

    生活世界 「生活世界」は、人びとが日常生活のなかで共有している常識、文化、慣習、意味のまとまりを捉えるために使われてきた概念である。ユルゲン・ハーバーマスは、人びとが共有された意味を通じて関係を築く領域として生活世界を捉え、行政や市場などのシステムの論理がそこへ過度に入り込む問題を論じた。本稿でいう、生活に根ざした信仰や価値が国家によって一つの「正しい形」に固定されることへの違和感も、制度と生活世界の関係をめぐる問題として読むことができる。

    (注F)

    地域文明がそこへ追いつくという構図 第二次世界大戦後の近代化論では、工業化や都市化、教育の普及などを通じて、諸社会が西欧型の近代へ近づいていくという見方が大きな影響力を持った。これに対し、S・N・アイゼンシュタットらの「複数近代性」は、近代化によって社会の違いが消えるのではなく、それぞれの宗教、歴史、政治文化との組み合わせによって異なる近代が形成されると考える。本稿が「何を取り入れたか」だけでなく「誰の言葉で取り入れたか」を重視する視点も、この問題意識と接点を持つ。

  • 2026年党大会が示した転換点

    ― 非核化の後退と長期的な分断の固定化 ―

    Ⅰ.2026年第9回党大会の発表内容

    2026年2月の第9回党大会では、2021年以降に進んできた北朝鮮の対外路線の変化が、より明確な形で確認された。

    1.対米方針――核保有を前提とする交渉要求

    今回の大きな特徴は、北朝鮮側が「非核化」を交渉の出発点としない姿勢を明確にした点にある。北朝鮮は以前から進めてきた核保有の法制化を、2022年の核武力政策に関する法令(注1)と2023年の憲法改正によってさらに強めた。そのうえで、米国に対しては「敵視政策」の撤回を要求し、北朝鮮の現在の地位を尊重することを関係改善の条件として示した。

    これは、かつて想定されていた「核放棄と制裁解除の交換」(注A)という枠組みから、交渉の重心が大きく移ったことを意味する。北朝鮮は、核を手放すことを前提とする交渉よりも、核保有を前提とした関係調整を求める立場を強く示している。

    党大会では米国への強硬姿勢が前面に出された。一方で、米国が北朝鮮の現在の地位を尊重し、敵視政策を撤回するならば、関係を調整する可能性も残された。対話そのものを拒絶するのではなく、その入口に高い条件を置く姿勢である。交渉の焦点についても、全面的な非核化から、核能力の制限や凍結、軍備管理(注2)、偶発的衝突の防止へ移る可能性が指摘されている。

    2.対韓方針――敵対国家化と統一概念の後退

    韓国に対しては、2023年末以降に打ち出されてきた路線が、党大会の場でより明確な形で確認された。2023年12月、北朝鮮は南北関係を同族間の特殊な関係ではなく、敵対する二つの国家(注3)の関係として扱う方針を示した。2024年1月には、この方針を国家制度や対南政策へ反映する動きが始まった。

    第9回党大会では、韓国を同族や統一の相手として扱う言説を後退させ、敵対する国家として扱う姿勢が改めて明確にされた。同時に、軍事力と核戦力を含む抑止力の強化も掲げられた。

    ここで重要なのは、南北関係が「民族内部の問題」から、敵対する二つの国家の関係へと再整理された点である。従来の南北関係では、激しい対立が続く一方で、統一という政治的な目標自体は双方に残されていた。南北は、どちらが朝鮮半島を代表する体制となるかを競いながらも、一つの民族と一つの国家を最終的な物語として共有していた。

    その公式言説が後退したことで、南北関係は統一をめぐる国家間競争(注B)から、長期的な抑止関係へと移りつつある。統一を目標とする政治的物語の後退は、朝鮮半島の分断が長期的に固定化する可能性を示唆した。

    Ⅱ.韓国政府と韓国社会の反応

    韓国政府やメディアの間では、第9回党大会の内容が、南北の対決局面をさらに深めるものとして受け止められた。とりわけ、北朝鮮が韓国を同族から切り離し、敵対する二国家の立場を維持したことは、南北関係の性格そのものを変える動きとして注目された。

    1.韓国政府の立場

    韓国政府は、北朝鮮が敵対する二国家の立場を維持し、韓国側による平和的共存と対話の呼びかけに応じなかったことに遺憾を表明した。その一方で、北朝鮮の姿勢にかかわらず、平和的共存を求める政策を続ける立場も示している。

    北朝鮮が対話を拒む姿勢を続ける中でも、軍事的な抑止力を維持しながら、偶発的な衝突を防ぐための対話回路を残そうとする構図である。対話を求める言葉と、安全保障上の現実対応が並存している。

    2.韓国国内にある二つの見方

    韓国国内の議論を大きく分ければ、北朝鮮の核保有を前提として、抑止力の再設計(注C)を急ぐべきだとする見方がある。この立場では、米韓同盟の強化や拡大抑止(注4)の実効性が重視され、核共有や独自核武装まで含めた議論も現れている。北朝鮮の核能力が固定化する以上、軍事的な均衡を再構築する必要があるという考え方である。

    一方で、軍備競争の加速が偶発的衝突の危険を高めるとして、危機管理と外交回路の維持を重視する見方もある。この立場では、軍事的抑止の必要性を認めながらも、連絡手段の断絶や相互の誤認が危機を拡大させることへの警戒が強い。

    両者の違いは、北朝鮮の核能力を認めるかどうかよりも、その現実にどう対処するかという優先順位にある。一方は抑止力の再設計を前面に出し、もう一方は衝突の管理を重視する。焦点は異なるが、非核化の実現が一段と困難になり、南北関係が質的な転換点に入ったという認識は、両方の議論に共通している。

    Ⅲ.2021年党大会から2025年までの実績

    2021年の第8回党大会では、「強対強、善対善」という対外方針とともに、核戦力を高度化する複数の目標が示された。核技術の高度化、核兵器の小型化・軽量化、戦術核兵器の開発、固体燃料式の大陸間弾道ミサイルなどである。

    同時に、相手の姿勢によっては関係を調整する余地も残されていた。当時は、核戦力の強化と条件付き対話が並存していた。統一という公式目標も形式上は維持されていたが、党規約の文言には南側との連帯を弱める変化の兆しが現れていた。

    その後の展開は、北朝鮮を取り巻く力学を大きく変えた。

    1.兵器体系の高度化

    2021年以降、北朝鮮は兵器体系の高度化を進めた。固体燃料式ICBM(注5)の公開と発射実験、戦術核体系の拡充、核運用を想定した軍事訓練などが相次いだ。

    一般に、固体燃料式のミサイルは液体燃料式に比べて発射準備の時間が短くて済むとされる。発射前の兆候を外部から把握することが難しくなり、先制攻撃によって無力化することも困難になる。

    戦術核兵器の拡充は、核兵器を国家存亡の最終手段だけでなく、通常戦力を補う軍事手段として運用する方向を示している。北朝鮮の核抑止能力は、保有数だけでなく、運搬手段、即応性、運用方法の面でも向上していった。

    2.ロシアとの接近

    ロシアによるウクライナ侵攻以降、北朝鮮はロシアとの軍事的・政治的な接近を強めた。両国の協力は外交的な支持にとどまらず、兵器、弾薬、軍事技術、人員をめぐる実務的な関係へと広がった。

    2024年には、ロシアが国連安保理で北朝鮮制裁委員会専門家パネル(注6)の任期延長に拒否権を行使し、国連の下で制裁履行を監視してきた専門家パネルが失われた。追加制裁も難しくなり、北朝鮮に対する国際的な圧力は弱まった。

    中国との経済関係に加えて、ロシアとの軍事的な関係が強まったことで、北朝鮮が核保有を続けるために負担する外交的・経済的コストは低下した。核開発を理由とする孤立が続く一方で、その孤立を補う外部関係も形成されていった。

    3.非核化の実質的な後退

    2021年時点でも北朝鮮の非核化は困難な課題だった。その後の兵器開発、核関連法制の整備、ロシアとの接近を経て、非核化を実現するための条件はさらに厳しくなった。

    北朝鮮にとって核兵器は、交渉材料であると同時に、体制維持、軍事的抑止、国際的地位を支える手段となっている。核を放棄するには、それらを代替する安全保障上の保証(注7)が必要になる。しかし、その保証を誰が、どのような制度で与え、長期的に維持するかという問題は解決されていない。

    第9回党大会で示された外交・軍事方針は、2021年以降に進んできた流れの延長線上にある。兵器開発、核保有の制度化、対外関係の変化として積み重なってきた方針が、党大会の場で改めて確認された。

    Ⅳ.構造的転換点

    2021年から2026年にかけて、北朝鮮の方針は段階的に変化した。

    2021年

    核戦力の強化を進めながら、相手の姿勢に応じた外交の余地を残していた。韓国との関係改善も条件付きで語られ、統一という公式目標も形式上は維持されていた。ただし、党規約の文言にはすでに変化の兆しがあり、南側との連帯を前面に出す姿勢は弱まり始めていた。国際社会側では、非核化が交渉の最終目標として掲げられていた。

    2026年

    北朝鮮は核保有を前提とする立場を強め、非核化を交渉の出発点としない姿勢を明確にした。韓国を同族や統一の相手として扱う言説を後退させ、敵対する国家として扱う方針を再確認した。

    強硬姿勢を前面に出しつつ、対米関係については条件付きで可能性を残している。その条件は、米国が北朝鮮の核保有と国家体制を尊重し、敵視政策を撤回することへと移っている。

    変化は2021年以降、連続的に進んできた。その積み重ねが、2026年党大会で一つの質的な転換として現れた。非核化は、現実的な選択肢としてますます困難になっている。南北関係も、統一を目指す政治問題から、長期的な分断を前提とした安全保障問題へと移りつつある。

    党大会後の憲法改正

    党大会で確認された方向は、その後、国家制度にも反映された。2026年3月に改正された憲法では、平和統一や民族大団結に関する表現(注8)が削除され、北朝鮮の領域が韓国と接することを示す条項が加えられた。

    これにより、統一に関する条項を通じて示されてきた朝鮮半島全体への志向は後退し、韓国を別個の国家として扱う方針が憲法上も明確になった。

    改正憲法では、北朝鮮を核保有国として位置づける規定も強化された。核戦力の指揮権が国務委員長に属することが明記され、国家の生存と発展、戦争の抑止を目的として核兵器開発を進める方針が憲法上に置かれた。

    対韓関係の再定義と核保有の固定化が、同じ憲法改正の中で進められたことになる。党大会で示された敵対する二国家関係は、演説上の方針にとどまらず、憲法という国家の基本文書へと移された。

    Ⅰ~Ⅳのまとめ

    2026年第9回党大会は、単なる強硬演説として片づけられるものではない。そこでは、核保有の固定化、統一をめぐる公式言説の後退、長期的な分断の固定化という三つの方向が、同時に示された。

    これらは党大会で突然生まれた理念ではない。2021年以降に進んできた兵器開発、法制度の整備、南北関係の転換、ロシアとの接近を公式に確認したものである。

    党大会後の憲法改正は、その方向が一時的な演説ではなく、国家体制の設計へ移されたことを示している。

    反論

    ① 非核化は本当に終わったのか

    北朝鮮が現在示している核固定化の方針は、交渉における最大限の要求にすぎず、将来的には核開発の凍結や能力制限を含む合意へ移行する可能性も残るのではないか。

    非核化が理論上完全に消滅したわけではない。北朝鮮の体制や国際環境に大きな変化が生じれば、再び交渉の目標となる可能性はある。ただし、その実現には、北朝鮮が核兵器によって得ている軍事的・政治的利益を上回る安全保障上の保証が必要になる。

    2021年以降の兵器開発と法制度の整備を踏まえれば、その条件を整えることは以前より難しくなっている。現実の議論の重心は、全面的な非核化から、核開発の凍結、能力制限、事故防止、軍備管理へ移りつつある。

    ② 各国は本当に戦争を望んでいないのか

    主要国に全面戦争の意思がなくても、合理性だけを前提とすることはできない。軍事的な誤認、局地的衝突、国内政治上の必要、指導部の判断ミスによって、意図されなかった戦争へ進む可能性は残る。

    北朝鮮、韓国、米国のいずれにとっても、全面戦争によって得られる利益は乏しい。一方で、互いに抑止力を示そうとする行動が、相手には攻撃準備として受け取られる危険がある。

    現実的なリスクは、最初から計画された全面戦争よりも、偶発的衝突と段階的なエスカレーションにある。

    ③ 中国は常に安定を優先するのか

    中国は朝鮮半島の安定を重視しているが、あらゆる緊張を同じように抑えようとするとは限らない。一定水準の緊張は、米国の外交・軍事資源を東アジアへ分散させ、中国に戦略上の利益をもたらす場合がある。北朝鮮は、中国と米韓同盟の間に位置する緩衝地帯として機能してきたと指摘されてきた。

    その一方で、北朝鮮の軍事行動が制御不能となり、米軍の増強、日本や韓国の核武装、中国国境への難民流入を招けば、中国の利益は大きく損なわれる。

    このため中国は、一定の緊張を利用できる余地を持ちながらも、それが体制崩壊や全面戦争へ進むことは避けたいと考えている可能性が高い。

    結論

    第二次世界大戦後の国際秩序では、主要国間の全面戦争を避けることが、しばしば他の目標より優先されてきた。朝鮮半島でも、完全な和解や統一より、軍事的均衡によって破局を防ぐ構造が長く続いている。

    この均衡安定モデル(注D)は万能ではない。誤算、偶発的衝突、国内政治、指導部の判断を完全に排除することはできない。現在の安定は、危険が消えた状態を意味しない。複数の主体が互いに損失を恐れ、行動を抑えている高リスク状態である。

    管理とは、一つの主体が全体を制御している状態でもない。北朝鮮、韓国、米国、中国、ロシア、日本が、それぞれ異なる利益と恐れを抱えながら綱を引き、その力が一時的に拮抗しているにすぎない。

    朝鮮半島をめぐる現実の政策課題は、非核化だけを追求する段階から、核を前提とした緊張管理を含む段階へ移りつつある。そこに理想的な選択肢はない。あるのは、偶発的衝突を防ぎ、軍事的誤認を減らし、破局へ至る確率を少しずつ下げる選択の積み重ねである。

    では、核保有へ進んだ国家と、その途中で止められた国家の違いは、どこから生まれたのか。その条件を、補論で見ていく。


    注釈一覧

    (注1)

    核武力政策に関する法令 北朝鮮が2022年に採択した法令で、核戦力の任務、指揮系統、核兵器を使用しうる条件などを定めた。2023年には核戦力を強化する国家方針が憲法にも盛り込まれ、核保有の法制度上の位置づけがさらに強められた。

    (注2)

    軍備管理 軍備管理は、保有する兵器を直ちに全廃することよりも、兵器の数や配備、実験、運用方法に制限を設け、衝突や軍拡の危険を抑える考え方を指す。非核化が核兵器の廃棄を目標とするのに対し、核保有が続く状況での危険管理も対象になる。

    (注3)

    敵対する二つの国家 この方針に沿って、北朝鮮では南北交流や統一政策を担ってきた機関の整理が進められた。対韓関係の変更は、呼称の変更にとどまらず、従来の統一政策を支えた組織や制度の見直しを伴っている。

    (注4)

    拡大抑止 同盟国が攻撃された場合に、米国が通常戦力や核戦力を含む自国の軍事力で報復する可能性を示し、攻撃を思いとどまらせる仕組みを指す。韓国では、北朝鮮の核能力が高まる中で、その実効性をどのように確保するかが議論されている。

    (注5)

    固体燃料式ICBM ICBMは大陸間弾道ミサイルを指す。一般に固体燃料式は液体燃料式より発射前の準備を短くでき、移動や即応性を高めやすいため、外部から発射の兆候をつかみにくくなる。

    (注6)

    北朝鮮制裁委員会専門家パネル 国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会を補佐し、制裁違反の調査や各国の履行状況の報告を担っていた組織である。ロシアが2024年3月に任期延長へ拒否権を行使したことで、同年4月に活動を終了したが、制裁委員会と制裁決議自体は存続している。

    (注7)

    安全保障上の保証 核放棄後に軍事攻撃や体制転覆を受けないという約束に加え、国交正常化、制裁解除、経済支援、平和協定などを組み合わせた枠組みを含む。誰が保証し、政権交代後も約束が維持されるかが大きな問題になる。

    (注8)

    平和統一や民族大団結に関する表現 これらの表現は、南北を一つの民族と捉え、統一を国家目標に置く従来の国家観を示していた。削除によって、韓国を将来の統一対象として扱う憲法上の根拠が後退した。

    (注A)

    核放棄と制裁解除の交換 北朝鮮の核問題をめぐる従来の交渉では、核開発の凍結や施設の申告、査察、廃棄と引き換えに、制裁解除、経済支援、国交正常化、安全保障上の保証を段階的に与える構想が中心に置かれてきた。 この枠組みでは、最終的な到達点として非核化が共有されていることが前提になる。北朝鮮が核保有そのものを交渉の前提とする場合、交渉の中心は核をなくす手順から、核能力の上限、実験の停止、配備や使用の危険をどう管理するかへ移る。 非核化という政策目標が残っていても、交渉を成立させるための出発点が一致しなければ、従来の交換枠組みは機能しにくくなる。

    (注B)

    統一をめぐる国家間競争 南北は長く、互いを完全な外国として扱う関係と、一つの民族に属する特殊な関係を併せ持ってきた。双方とも自らの体制を朝鮮半島全体の正統な国家と位置づけ、統一後の政治秩序をめぐって競争してきたためである。 この構造では、軍事的に対立しながらも、相手を将来の統一から切り離すことはできなかった。交流や融和政策も、最終的には統一をめぐる長期的な競争の内部に置かれていた。 北朝鮮による「敵対する二国家」への転換は、この競争の前提を変える。体制間競争が消えるというより、統一後の一国家をめぐる競争から、別個の国家として相互に抑止する関係へ重点が移る。この論点は、北朝鮮の対南政策が段階的に「民族」より「国家」を重視する方向へ進んだとの分析とも接点を持つ。

    (注C)

    抑止力の再設計 抑止は、相手に大きな損失を予想させることで、攻撃を思いとどまらせる考え方である。核共有、拡大抑止、通常戦力の強化は、報復の確実性を高めることで抑止を強めようとする。 一方で、双方が即応性や先制攻撃能力を高めると、相手の行動を攻撃準備と誤認する危険も増える。危機が起きた際に、先に攻撃された側が不利になると双方が考えれば、抑止力の強化が早期の軍事行動を促す場合もある。 このため、安全保障上の議論は、軍事力か外交かという二者択一だけでは整理できない。報復能力の信頼性を高めることと、誤算や偶発的衝突を防ぐことの間で、どこに重点を置くかが争点になる。

    (注D)

    均衡安定モデル ここでいう均衡安定モデルは、各国が相手に大きな損失を与える能力を持つことで、全面戦争の開始をためらわせる構造を指す。核抑止論でいう「恐怖の均衡」や、危機時に先制攻撃を選びにくくする「危機安定性」と接点を持つ。 朝鮮半島では、北朝鮮の通常戦力と核・ミサイル能力、米韓同盟、周辺大国の関与が重なり、どの主体も全面戦争の結果を管理できない状態が形成されている。この構造は大規模戦争を避ける方向に働く一方、局地的衝突、軍事演習、ミサイル実験、誤警報などが連鎖した場合には、各国が望まなかった段階まで対立が拡大する危険を残す。 均衡による安定は、抑止、連絡経路、危機管理、各国の自制が同時に機能することで支えられる。どれか一つが崩れれば、均衡そのものが危機を拡大させる可能性もある。


    1.参考資料

    1. 公安調査庁「最近の内外情勢 2026年2月」(2026年、公安調査庁)

    URL:
    https://www.moj.go.jp/psia/202602naigai.html

    1. 日本国際問題研究所「2025年度外交・安全保障調査研究事業費補助金 発展型総合『アジア・大洋州地域における安全保障上のリスクの実態』内 『朝鮮半島情勢とリスク(北朝鮮核・ミサイルリスクおよび韓国内政・外交)』研究会 『北朝鮮核・ミサイルリスク部会』政策提言」(2026年、日本国際問題研究所)

    URL:
    https://www.jiia.or.jp/jpn/report/2026/03/policy_recommendation_NK2025.html

    1. 防衛省「令和7年版防衛白書 第I部第3章第4節 朝鮮半島」(2025年、防衛省)

    URL:
    https://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2025/html/n130401000.html

    1. 防衛省「令和7年版防衛白書 <解説>北朝鮮とロシアの軍事協力の進展」(2025年、防衛省)

    URL:
    https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2025/html/nc005000.html

    1. 外務省「安保理決議に基づく対北朝鮮制裁」(2025年、外務省)

    URL:
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/unsc/page3_003268.html

    1. 飯村友紀「戦略アウトルック2026 第4章 朝鮮半島―秩序動揺期の『生存空間』拡大の模索」(2026年、日本国際問題研究所)

    URL:
    https://www.jiia.or.jp/jpn/report/2026/03/Outlook2026jp04.html

    1. 聯合ニュース「北朝鮮が改憲 韓国は『南に接する』国=金正恩氏の地位・権限強化」(2026年、聯合ニュース)

    URL:
    https://jp.yna.co.kr/view/AJP20260506002800882

    2.深掘りするための一般書

    1. 平岩俊司『北朝鮮の軍事外交戦略』

    URL:
    https://www.amazon.co.jp/dp/4797681748

    1. 多田将『核兵器入門』

    URL:
    https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000374485

    1. 太田昌克・兼原信克・高見澤將林・番匠幸一郎『核兵器について、本音で話そう』

    URL:
    https://www.shinchosha.co.jp/book/610945/

    1. 古川勝久『北朝鮮 核の資金源―「国連捜査」秘録―』

    URL:
    https://www.shinchosha.co.jp/book/351411/