タグ: 第一話

  • 人・物・金の現在地

    月次指標でみる2026年春の日本経済

    前回の記事では、2025年の日本経済を
    「物と金は先に動き、人は遅れた」
    という構図で整理した。

    価格転嫁は進展し、企業収益は回復した。
    財政指標も改善し、金融政策もまた正常化へ向かい始めた。
    これに対し、実質賃金は力強さを欠き、内需は回復の主役となりきれず、人への波及は後景にとどまった。

    では、この構図は足元でもなお有効なのか。
    本稿では、月次の物価、賃金、交易条件等の推移を通じて、2026年春時点における日本経済の現在地を確認する。


    今回の指標とグラフの考え方

    本稿で用いる指標は、2025年の日本経済を「人・物・金」の流れとして確認するために選んでいる。
    狙いは統計を網羅することではない。足元の変化が見えやすく、しかも相互の関係を追いやすいものに絞った。

    物価については、総合CPIだけでは上昇の性格が見えにくいため、CPI総合・CPIコア・CPIコアコアを並べた。
    人への波及を見るためには、名目賃金だけでなく、物価を差し引いた実質賃金も必要になる。
    また、現在の物価動向をなお外部ショック中心に読むべきか、それとも内側の循環の問題として読むべき段階に移っているのかを確かめるため、輸入物価と交易条件もあわせてみる。

    グラフも、数字を並べるためではなく、論点を切り分けるために置いた。
    今回は、物価の質、賃金への波及、外部コストの後退という三つの論点を順に確認する構成である。
    完全失業率も参照するが、これは主役ではない。雇用環境が崩れていないことを確認するための補助的な指標として扱う。


    2025年から2026年春にかけた「物・金・人」の流れと、今後の観測点をまとめた全体整理図。
    この先で見るグラフと議論の見取り図として、ここに置く。


    まず「物」をみる

    総合物価は鈍化した。では、基調はどうか

    【図1 消費者物価指数(CPI)各指標の推移】

    まず確認すべきは、物価の位置である。

    総合CPIは、2025年後半以降、明確に鈍化してきた。
    2026年2月時点では、総合1.8%、コア1.5%、コアコア1.4%である。

    ここで重要なのは、物価がなおプラス圏にあるという事実それ自体ではない。
    むしろ、総合・コア・コアコアの並び方から、何がどこまで残っているかを読むことである。

    総合の伸びはかなり鈍っている。
    同時に、コアとコアコアもなおプラスではあるが、基調部分そのものが徐々に低下していることが確認できる。
    すなわち、物価上昇は残存しているが、その勢いはすでにピーク時とは明確に異なる。

    ここから導かれる判断は単純である。
    現在の日本経済は、なおインフレ局面にはあるが、2022年型の全面的・外生的な押し上げ局面にはない。
    物価上昇の有無だけを論じる段階ではなく、どの部分の上昇が残り、どの部分が弱まっているのかを見極める局面に入っている。


    次に「人」をみる

    賃金は追いつき始めたが、遅れを取り戻したとはまだ言えない

    【図2 コアコアCPIと名目・実質賃金の推移】


    基調物価に対して、名目賃金と実質賃金がどこまで追いついているかを見る図。

    前回の記事で中心にあったのは、人への波及の遅れであった。
    では、その遅れは現在どうなっているのか。

    名目賃金は2025年を通じて振れを伴いながら推移したが、2026年1月には3.1%まで持ち直している。
    実質賃金もまた、長くマイナス圏にとどまっていたが、2026年1月には1.6%とプラスに転じた。

    これは無視できない変化である。
    少なくとも、「人への波及がまったく起きていない」とする見方は、もはや現状を正確には表していない。

    しかし同時に、この一点をもって楽観へ傾くのも適切ではない。
    第一に、実質賃金は2025年の大半において弱含みで推移しており、家計の側からみれば、改善はまだごく初期的なものである。
    第二に、2026年2月の賃金系列はなお未公表であり、1月の改善が流れとして定着したかどうかは、現時点では確認できない。

    したがって、ここでの整理は次のようになる。
    人はもはや完全に止まってはいない。だが、なお遅れており、その遅れを取り戻したと断定するには早い。
    現在みえているのは、遅れていた波及がようやく統計上にも表れ始めたという段階である。

    前回の総論をいまの姿に引き直すなら、
    「人は依然として後ろにいるが、まったく動いていないわけではなくなった」
    と表現するのが最も近い。


    最後に「外からの圧力」をみる

    外部コスト主導の局面は後退している

    【図3 輸入物価と交易条件の推移】

    続いて確認したいのは、現在の物価と賃金の動きを、なお外部ショック中心に説明できるかどうかである。

    輸入物価の前年比は、2025年夏場に二桁近い伸びを示したあと、2026年に入って大きく低下している。
    2026年2月は2.8%であり、ピーク時とは様相が異なる。
    これに対し、交易条件は2025年半ばに大きく悪化したのち、足元では持ち直してきた。

    この組み合わせが示しているのは、現在の日本経済が、外からのコスト高に一方的に押し上げられる局面からはかなり離れてきたということである。

    もちろん、外部要因が消滅したわけではない。
    しかし、現在の物価や賃金の動きを外部ショックだけで説明しようとすると、無理が生じる。
    むしろ、外圧が弱まってきたからこそ、内側の循環の弱さ、分配の遅れ、波及の未完がより鮮明に見えるようになっている。

    したがって、いま問われているのは「外から押された日本」ではない。
    内側で自律的な循環を形成できるかどうかが論点となる局面に移っている。


    補助的に確認しておきたいこと

    雇用環境は崩れていない

    【補足図 完全失業率の推移(季節調整値)】

    完全失業率は、本稿の主論点ではない。
    ただし、雇用環境が大きく崩れていないことを確認しておく意味はある。

    足元の失業率は低位で安定しており、景気失速によって雇用が明確に傷んでいる局面ではない。
    これは逆に言えば、現在の弱さが、典型的な失業悪化型の後退局面として現れているのではなく、分配と波及の遅れとして現れていることを示している。


    直近値の扱いについて

    なお、本稿で用いた月次指標のうち、賃金や輸入物価の直近値には速報段階のものを含み、今後改定される可能性がある。
    一方、全国CPIは通常、公表時点の値をそのまま用いて差し支えない。

    この点は細部に見えて、実は重要である。
    統計を読むとは、数値だけを読むことではなく、その数値がどの程度固定されたものかまで含めて読むということだからである。


    2026年春の日本経済はいまどこにあるのか

    以上を総合すると、2026年春時点の日本経済は、次のように整理できる。

    第一に、物価はなおプラス圏にあるが、基調部分を含めて熱は相当に落ち着いてきた。
    第二に、賃金はようやく追いつく兆しを示し始めたが、家計に十分届いたとまでは言えない。
    第三に、外部コスト圧力はかなり弱まり、いまは内側の循環の弱さが問われる局面に入っている。

    この意味で、2025年に観察された
    「物と金は先に動き、人は遅れた」
    という構図は、大枠としてなお有効である。
    ただし、重要なのは、人がまったく止まったままではないという点である。
    遅れていた人への波及が、ようやく兆しとして現れ始めている。

    したがって、いま見えている位置は
    「遅れていた人が、ようやく動き始める可能性を示し始めた地点」
    にある。
    しかし、それをもって循環が閉じたとみなすのは早い。


    次に何をみるべきか

    今後の観測点は三つある。
    ただし、それらは並列ではない。順番に意味がある。

    第一にみるべきは、春闘の賃上げが大企業の回答にとどまらず、中小企業やサービス分野へどこまで波及するかである。
    今回の局面で最初に問われるのは、賃上げが一部の企業の数字にとどまるのか、それとも雇用の厚い部分へ広がるのかという点にある。

    第二に問われるのは、その波及が実質賃金の改善として定着するかどうかである。
    単月でプラスに触れたこと自体は変化だが、それだけでは循環の回復を意味しない。数か月単位で持続し、家計の側に実感として届くかどうかが次の焦点となる。

    第三にみるべきは、企業収益の改善が、防衛的な蓄積ではなく、投資と分配へ結びつくかどうかである。
    ここで初めて、「金」が循環を閉じる方向へ動くかどうかが問われる。問題は、金が存在するか否かではない。その金が内部に滞留し続けるのか、それとも投資と分配を通じて経済全体の回転数を押し上げるのかである。

    2025年に先に動いたのは、物と金であった。
    2026年春の姿を見る限り、人もまた遅れて動き始める兆しを示している。
    ただし、それが一時的な反射にとどまるのか、それとも循環の回復へつながるのかは、なお今後の観察を要する。
    賃上げの波及、実質賃金の定着、企業収益の分配転換。どれが先に動き、どこで止まるのか。そこに、2026年の日本経済の性格が現れる。

    本稿では、
    2026年春の日本経済を「人は遅れたままだが、まったく止まってはいない」
    という現在地として整理した。
    この判断は本稿でも指標の比較に沿って示したが、
    重要な点なので、次の強化版ではその比較の意味をもう一段だけ詳しくたどる。

  • 前編:中東のニュースを読むための地図― 宗派・文化圏・国境から見る中東の歴史 ―

    第0章:中東のニュースを読むための三つの軸

    中東のニュースは難しく見える。
    宗教、民族、戦争、歴史。
    多くの要素が重なり、状況は複雑に見える。

    しかし実際には、
    いくつかの軸を知っておくと整理しやすい。

    本記事では
    次の 三つの軸 から中東を見ていく。

    宗派
    文化圏
    20世紀に引かれた国境
    である。


    軸1: 宗派

    イスラム世界には
    大きく二つの宗派がある。

    スンニ派
    イスラム世界の多数派。
    多くのアラブ諸国やトルコが属する。

    シーア派
    少数派だが、強い宗教組織を持つ。
    イランが中心となる。

    この違いは単なる宗教の違いではない。
    歴史的には「誰がイスラム社会の正統な指導者なのか」
    という政治問題から生まれた。

    つまり宗派は
    宗教であると同時に
    政治的な立場でもある。


    軸2 :文化圏

    中東は一つの文化圏ではない。
    大きく見ると

    アラブ文化圏
    ペルシャ文化圏

    に分かれる。

    アラブ文化圏は
    アラビア半島
    シリア
    イラク
    エジプトなどを含む。

    一方、ペルシャ文化圏は
    イランを中心とする文明圏である。

    ペルシャ文化の影響は
    アフガニスタン
    中央アジア
    コーカサス
    などにも広がってきた。

    つまりペルシャ文化圏は
    中東よりも広い世界を持つ。

    その西端に位置するのが
    イランである。

    イランは
    ペルシャ文明の国家でありながら
    中東政治の内部に存在する国
    でもある。

    この位置が
    中東政治を理解するうえで
    一つの特徴になっている。


    軸3: 国境

    現在の中東の国境の多くは20世紀に作られた。

    オスマン帝国の崩壊後、
    ヨーロッパ列強の政治によって
    新しい国境が引かれた。

    この国境は
    宗派
    民族
    文化
    と必ずしも一致していない。
    このことが現在の中東政治の不安定さにも影響している。

    そしてこの事を象徴する国の一つが現在のイラクである。
    当時この地域には
    宗派や民族によって性格の異なる
    三つのオスマン帝国の州
    が存在していた。

    第一次世界大戦後、
    イギリスはこの三つをまとめて
    イラクという一つの国家として統治することにした。

    この統合は民族や宗派を基準にしたものではなく、
    イギリスの行政上の都合によるものだった。
    その結果イラクでは

    北部:クルド人
    中部:スンニ派アラブ
    南部:シーア派アラブ

    という異なる社会が
    一つの国の中に収められることになった。


    現代中東の構図

    この三つの軸を重ねると、
    現代中東の基本構図が見えてくる。

    イラン:中東の個性派
    シーア派 × ペルシャ文化

    サウジアラビア:中東の盟主
    スンニ派 × アラブ文化

    イスラエル:中東の異端児
    ユダヤ国家 × 西側と強い関係

    イラク:中東の縮図
    人口シーア派 × 歴史的スンニ支配 × アラブ文化


    第1章 イスラムの誕生と宗派の分裂

    中東を理解する上で最初に見るべき出来事は、 イスラムの誕生である。
    7世紀、アラビア半島で 預言者ムハンマドによってイスラムが生まれた。

    ここで重要なのは、
    イスラムが単なる宗教として始まったわけではないという点である。
    ムハンマドは ・宗教指導者 ・政治指導者 ・軍事指導者 を同時に担っていた。

    つまりイスラム共同体は最初から
    宗教と政治が一体となった社会として成立していた。

    問題は「後継者」だった ムハンマドが亡くなると、 すぐに問題が起きる。
    誰が指導者になるのか。
    これは宗教の問題であると同時に、 国家の後継者争いでもあった。
    ここで二つの考え方が生まれる。

    スンニ派 共同体の合意によって 指導者を選ぶ。
    つまり 共同体の合意による政治 という考え方である。
    結果としてイスラム世界の多数派となる。

    シーア派 ムハンマドの血統を引く者こそ 正統な指導者である
    つまり 血統による正統性 という考え方である。

    この対立はやがて 一つの象徴的な出来事によって決定的になる。


    カルバラの戦い(680年)
    ここでムハンマドの血統を引く フサインが殺される。
    この出来事は シーア派の宗教観を形作る。
    シーア派では 不正な権力に抵抗する殉教が宗教的価値として強く残る。

    少数派としてのシーア派
    その後、イスラム世界では スンニ派が主流になる。
    シーア派は ・ペルシャ地域 ・イラク南部 ・レバノン南部 などに集中する。
    ここで宗派は単なる宗教ではなく地域と結びついた政治文化 になっていく。


    本章のポイント

    スンニ派とシーア派の違いは神学の細かな違いではない。
    もともとは 誰が社会を統治するのかという政治問題だった。
    そしてこの分裂は 1400年以上続き、
    現在の中東政治にも影響を与え続けている。


    第2章 ペルシャのシーア派国家化

    現在の中東を見ると、 一つ特徴的な国がある。
    イランである。
    中東の多くの国がスンニ派である中で、
    イランだけが シーア派国家 として存在している。
    しかし、イランが最初から シーア派だったわけではない。


    もともとのペルシャ
    イスラムが広がった後、
    ペルシャ地域(現在のイラン)も 基本的にはスンニ派 だった。
    つまり宗派の地図は 現在とはかなり違っていた。
    ではなぜペルシャはシーア派国家になったのか。


    オスマン帝国との対立
    16世紀、中東には巨大な帝国が存在していた。
    それがオスマン帝国である。

    オスマン帝国は
    ・トルコ系国家
    ・スンニ派
    ・軍事帝国
    という特徴を持ち、中東の広い地域を支配していた。

    同じ時期、ペルシャでは サファヴィー朝が成立する。
    この王朝は、オスマン帝国という巨大な隣国と向き合うことになる。
    そこでサファヴィー朝は 一つの選択をする。
    シーア派を国の宗教とする。
    これは単なる宗教政策ではなかった。

    スンニ派のオスマン帝国と区別するための国家戦略だった。

    この決定によって
    ペルシャ=シーア派
    という構造が生まれる。
    現在のイランの宗教構造は、 この時代に形作られた。


    第3章 オスマン帝国

    オスマン帝国は、 後にペルシャが警戒し国の宗教を変えるほどの大国だった。
    16世紀から20世紀初頭にかけて、 中東の広い地域を支配していた国家である。

    この帝国は
    ・トルコ系王朝
    ・スンニ派
    ・軍事国家
    という特徴を持っていた。

    最盛期には
    アナトリア(現在のトルコ)
    バルカン半島
    シリア
    イラク
    エジプト
    アラビア半島
    まで支配していた。

    つまり現在の中東の多くは、 長い間 一つの帝国の内部だったのである。
    帝国の秩序 オスマン帝国の統治は、
    宗教と民族をある程度分けて管理する仕組みを持っていた。

    そのため
    アラブ トルコ クルド などの中東以外にも多くの民族が
    同じ帝国の中で暮らしていた。
    この秩序は数百年続く。

    しかし19世紀になると、 帝国は徐々に弱体化していく。
    そして 第一次世界大戦 によって決定的な転換点を迎える。


    第4章 第一次世界大戦と中東の地図

    第一次世界大戦で オスマン帝国は敗北する。
    その結果、 数百年続いた帝国は崩壊する。
    ここで中東の地図は 大きく書き換えられる。


    新しい国境
    オスマン帝国の領土だった地域は イギリス フランス によって分割される。
    この過程で イラク シリア ヨルダン レバノン などの国境が作られる。

    しかしこの国境は 民族や宗派を基準に作られたものではない。
    主に ヨーロッパの外交交渉 によって決められた。

    ねじれた国家
    その結果、 中東には 宗派や民族が混在する国家が生まれる。
    その代表例が イラク である。
    イラクでは 人口の多くはシーア派だが、 政治は長くスンニ派が主導してきた。
    この構造は 後の中東政治にも大きく影響する。


    本章のポイント

    オスマン帝国の崩壊によって 中東は
    帝国の秩序 から 国民国家の集合 へと変わった。
    しかしその国境は 外部によって引かれたものだった。
    このことが 現代の中東の不安定さの一つの原因になっている。


    第5章 イスラエル建国

    第一次世界大戦によって、 中東ではオスマン帝国が崩壊した。
    その結果、イギリスとフランスによって 新しい国境が作られる。
    これが 中東の最初の線引き だった。

    しかしこの地域の地図は、 第二次世界大戦後にもう一度大きく書き換えられる。
    それが イスラエルの建国である。


    二度目の線引き

    1948年、 パレスチナの地にイスラエルが建国される。
    この出来事は単なる国家の誕生ではなかった。
    第一次世界大戦で作られた中東の秩序をもう一度揺るがす出来事だった。

    つまり中東では 第一次世界大戦 第二次世界大戦後
    という二つのタイミングで 国境と秩序が書き換えられた。

    外部勢力が境界線を引くことで地域が不安定になる現象は、
    歴史の中で珍しいものではない。
    だが 民族や宗教の分布とは 必ずしも一致しない境界線は、
    長い混乱の原因になる。
    中東でも同じことが起きた。


    さらに複雑な地域

    しかし中東の場合、 問題はもう一つあった。
    この地域では
    宗派
    民族
    文化圏
    が強く重なっていた。

    つまり単なる国境の問題ではなく、 社会の深い構造 に関わる地域だった。
    そこにイスラエル建国という 新しい要素が加わる。
    その結果、中東の政治は さらに複雑なものになっていく。


    本章のポイント
    中東の現在の混乱は 一つの出来事から生まれたものではない。
    帝国の崩壊
    外部による国境
    イスラエル建国
    これらが重なった結果である。

    そしてもう一つ ここまで見てきたように、 中東を理解するためには
    宗派
    文化圏
    という二つの軸が重要になる。

    この二つの軸が、
    国境の問題と重なったことで中東の政治は現在の不安定な形になっていく。


    次回予告

    ここまで見てきたように、
    現在の中東の地図は

    オスマン帝国の崩壊
    欧米による国境線
    イスラエル建国

    といった出来事によって形作られてきました。

    しかし、いまニュースで見ている対立は
    これだけでは説明できません。

    ↓次回は 1979年のイラン革命 から始まる現代中東の力関係を見ていきます↓

  • 日本経済2025の分解:1話― 構造・政策・データで読む現在地 ―

    第一話:金融連関分析が映す日本経済の構造
    ― 企業は運用主体へと変化しているのか ―



    Ⅰ導入:この資料は何を映しているか

    経済財政分析ディスカッション・ペーパー(DP/26-3)
    日本経済を成長率や物価といった表層指標ではなく、
    金融のつながりの構造から捉え直す試みである。

    用いられているのは「金融連関分析」という手法だ。
    家計・企業・政府・金融機関・中央銀行・海外といった主体が、
    誰に資金を出し、誰から資金を受けているのかをネットワークとして把握する

    本稿が見ようとしているのは、
    日本経済の資金の地図
    供給者と受け手の関係
    その関係がこの20年でどう変化したか

    である。

    成長率は結果に過ぎない。
    本資料が映しているのは、結果を生む構造そのものである。


    Ⅱ 図の読み:事実の整理(非金融法人企業)

    1. 企業の総資産は拡大している
    2005年以降、非金融法人企業のバランスシートは拡大傾向にある。

    増加の中心は、
    預金など流動資産
    有価証券
    海外向け資産

    である。 企業は金融資産を厚くしている。

    2. 負債も増加しているが、純資産は拡大
    負債も増加しているが、資産との差額(純資産)は拡大している。
    財務体質は強化されていると読める。

    3. 拡大の中心は金融資産
    設備や実物資産の動向を直接示す図ではないが、
    量的拡大の主因が金融資産であることは明確である。
    ここまでが観察である。


    Ⅲ 論点:この図は何を意味するか


    論点① 構造変化 ― 借り手から運用主体へ
    かつて企業は、銀行から資金を借り設備投資を行う存在と捉えられてきた。
    現在は、金融資産を積み上げ、海外投資を拡大する主体である。
    これは企業の性格変化というより、環境の変化の帰結だろう。

    国内需要の伸び悩み
    人口構造
    不確実性の高まり

    この状況下では、
    内部留保を厚くし
    海外で収益機会を探す

    これらの行動は合理的である。

    企業が変わったのではない。
    構造が企業をそう動かしている。


    論点② 成長との関係 ― 家計との循環
    企業の慎重姿勢の背景には、家計部門の弱さがある。
    実質賃金の停滞、消費の力強さの欠如。

    需要の確信が弱ければ、国内投資は拡張しにくい。
    ただし因果は一方向ではない。

    企業の投資抑制が賃金の伸びを弱め、
    それが家計需要を抑制する循環も存在し得る。
    重要なのは、どこを起点にテコを入れるかである。

    現実の政策運営は、企業側を起点としている。
    企業収益の改善 → 価格転嫁 → 賃上げ → 家計へ波及。
    現在は、その波及過程にあると見るのが妥当だろう。


    論点③ 政策への含意 ― 偏りのある強さ

    賃金は単なる分配の問題ではない。
    家計需要の源泉であり
    企業コストであり
    物価形成要因であり
    金融政策判断の基礎でもある。


    したがって賃金の動向は、
    政治的スローガンである以前に、マクロ経済の均衡点そのものに関わる。

    上昇が早すぎれば収益と物価のバランスを崩し、
    遅すぎれば需要不足を固定化する。
    問われるのは水準ではなく、持続性と整合性である。

    この視点から企業起点モデルを見ると、以下の構造が浮かび上がる。
    企業の財務強化は否定すべき現象ではない。
    リスク耐性の向上
    外貨収益の拡大
    危機対応余力の確保
    これらは経済の安定性を高める。

    しかし日本は内需比率の高い経済である。
    家計消費と国内投資は根幹だ。

    金融資産が厚くなる一方で、
    賃金が伸びない
    設備投資が広がらない
    実物資本が積み上がらない

    のであれば、それは偏りのある構造変化となる。

    焦点は、企業起点モデルが家計と実物投資へ届くかどうかである。


    Ⅳ反対意見:別の読み方

    金融資産の増加は、防御ではなく合理的最適化とも読める。
    成熟経済では無形資産の比重が高まり、
    物理的設備投資が低下するのは自然かもしれない。

    海外投資の拡大はリスク分散であり、経営高度化でもある。
    内需比率は高いが、成長源泉は外需に依存しつつある可能性もある。

    また本分析は推計を含むため、構造変化の強さは慎重に読む必要がある。
    2005年以降は複数の大きなショックを含む期間であり、
    長期転換か一時的対応かは断定できない。


    Ⅴ結論:では、どう見るか

    企業は財務的に堅牢になった。
    これは事実である。

    しかし経済の厚みは、金融資産ではなく、賃金と実物資本によって測られる。
    企業起点モデルは既に選択され、現在はその波及過程にある。

    問われているのは、
    海外収益は国内へ還流するか
    内部留保は賃金や設備投資へ向かうか
    実物資本は積み上がるか

    である。

    本稿は提言書ではない。示すのは分岐点である。

    波及の成否は、
    実質賃金の持続的上昇
    設備投資の対GDP比率の反転
    家計消費の自律的回復

    によって測定されるだろう。

    現時点で企業収益は改善しているが、実質賃金の伸びは力強くない。
    政策運営者は物価上昇局面での時間差を指摘する。

    しかし生活者にとって、時間差は待つ理由ではなく、困難が続く期間である。
    賃金が持続的に伸びなければ、このモデルは生活者の支持を失う。

    数年内にこれらの指標が改善しない場合、
    日本経済は金融的に安定しながら、
    実体として緩やかに縮小する可能性を否定できない。

    企業起点モデルは選択された。
    問われるのは、その波及がどこまで届くかである。


    次回予告:
    金融連関分析が示したのは、日本経済の「構造」である。
    では、その構造の上で、日本経済はどのような将来を想定されているのか。
    政府は経済財政諮問会議において、
    中長期の成長率や財政収支を前提とした試算を公表している。
    次回は、この中長期試算を手がかりに、日本経済の将来像を読み解く。